ラビエール・ホワイトは一般人である。

 

この定義は決して揺らぐことがない。

 

それは彼女という人間がどんな異常な能力を持っていようと、彼女の行動や生活様式が正常の域を超えないからだ。

異常と正常、天才と凡庸を分けるのは、いつだって他人なのである。

 

 

 

彼女は戦闘技術スキルというものがない。

むしろ何もない廊下ですっ転ぶわ、本棚から落ちてきた本を掴み損ねて頭に直撃させるわ、普通以下の運動神経の持ち主である。

 

つまり彼女は人畜無害だ。

 

 

 

彼女は成績がずば抜けているわけでもない。

短い期間ではあったが、ラビエールは普通の子供として、普通の学校に通っていたこともあった。

成績は凡庸も凡庸で、テストに至っては赤点を取ったこともある。

 

彼女の言い訳はこうだ。

 

 

 

「名前を書き忘れちゃったんですよう」

 

 

 

では、一体この少女が何処で如何間違って国家組織、果てはマフィアの某ボスなどに目をつけられてしまったのか。

残念ながら、その全容を知るのはラビエール本人ではなく、彼女の亡き養父、黒龍神のみである。

 

 

ある時、彼は少女にこう尋ねた。

 

 

 

「ラビ、一体何をそんな熱心に見てるんだい?」

 

 

 

当時の幼い彼女は、回らない舌で答えた。

 

 

 

「パソコンにね、なぞなぞが出てきてね。すごく面白いの。ぐしゃぐしゃになった毛糸みたい。でもね、こくりゅうしん。面白くてどんどん解いていったら、へんな画面になっちゃったの。えすきゅーぶらっくりすとってなぁに?」

 

 

 

彼女がぐしゃぐしゃになった毛糸と称したのは、軍部内ネットワークにかかったファイアウォールのことだったのだ。

一般家庭用のパソコンから、国家機密が容易に漏れ出しているのである。

 

後にラビエールはネットワーク情報を物語、と言い直した。

 

つまりは、………彼女にとって、ファイアウォールだの乱数暗号だのは物語の読むべき序章に過ぎず、読んでしまえばそれまでのものでしかなかったのだ。

 

そう、彼女は機械語の翻訳に特化しているのだった。

彼女の前では、どんなに狂った電子暗号も強固な炎の壁もまるで無力だった。

 

 

 

救いだったのは、彼女には何の目的も無く、他人から与えられなければその目的とやらを一生持たずに生きていけるような性格の持ち主だったことだろう。

ラビエールは世界の征服も破壊も救済も改革も望まないし、人工衛星の座標を書き換えることも、銀行口座ネットワークの改変も、電力供給の切断も、交通情報の改竄もしない。

 

故に。

 

 

 

彼女、ラビエール・ホワイトは唯の一般人なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、この如何しようもないほど普通な少女に何か天才の称号を与えるとしたら、ひとつだけ彼女には奇妙な才能があった。

 

周りにいつも奇人ばかりが集まるという才能だ。

 

 

例えば、彼女の友人には医者がいた。

彼女を溺愛するこの医者というのは、実際、コンピュータウイルス開発の天才である。

 

また、彼女の世話を受け、黒龍神が死去するまで屋敷に住みついていた少年というのは、ドイツ暗殺部隊の隊長であった。

 

黒龍神の友人、つまりラビエールの友人でもある女は最年少で陸軍中佐にのぼりつめた実力者であったし、第一考えてもみれば、その黒龍神とやらがそもそも海軍機密情報部の中で唯一突飛な位置にある『奇策部』所属だった。

 

 

彼女が奇人に引き寄せられるのか、はたまた奇人が彼女を放ってなどおけないのか、言うなればこの少女は天才を見つける天才、だった。

 

 

しかし、本人が何の自覚も無ければ、そんな称号も色褪せる。

 

 

 

(今日、初めてテストで百点取れたな)

 

 

 

金髪の少女は嬉しそうにスキップをした。

 

 

 

(黒龍神、褒めてくれるかな…?)

 

 

 

スキップするたびに、彼女のふたつに縛った長い髪や、背負った革の鞄が揺れる。

 

彼女にとって、そんな称号は無意味なようだ。

 

彼女にとって今一番大事なのは、百点のテストを見た育ての親がどんな反応をするか、ということらしい。

 

少なくとも、数時間後に彼女が紅い瞳の眼帯男と出会うまで、この世界は何処までも凡庸で平和だった。

 

 

 

 

 

白兎

 

(少女が飛び跳ねるたび、砂時計の砂が零れ落ちていく)

 

(最後の一粒が落ちた先に待っているのは)

 

 

(『      』)