必要なものを全て買って、ふっと隣を見れば、やっぱりイーヴィルさんは遠くを見ていて。
視線をつつつと追えば、大人っぽい女の人に行き着いて。
……すごーく落ち込みました。
私の視線に気がついたのか、イーヴィルさんが不思議そうに私を見下ろした。
「如何した?」
私はにこりと笑った。
「何でもないです」
とことこと歩けば、彼は手を差し出して言う。
「荷物」
「重いので、私が持ちます」
「尚更俺に寄越せよそれは」
呆れたように言った後、彼の大きな手が私の肩を抱いた。
驚いて固まる私に構わず、彼は耳元で言った。
「そうむくれるな」
ふわりと鼓膜を震わせる声に、私はしどろもどろでイーヴィルさんを見た。
「いっ、イーヴィルさ…」
彼の顔を見て、また驚いた。
彼の紅い瞳がきつい光を湛えて、背後の気配に神経を研ぎ澄ませているのがわかった。
「七時の方向」
私の肩を抱いたまま、彼は囁く。
不安げに歩きながら相手を見れば、イーヴィルさんはさらに身を寄せて言った。
「こんな状態だ。俺に隠れて、てめぇの顔なんか相手には見えねえよ。俺の肩越しに見てみろ」
言われた通りにすれば成程、私達の後ろ数メートル開けて、女の人が歩いていた。
さっきイーヴィルさんが見ていた大人っぽい女の人だ。サングラスをかけているので、彼女の顔はよく見えない。
彼の吐息が私の髪を揺らした。
「ずっとつけてきやがる。気づいたのはさっきだけどな」
身を寄せている私は何というか、居た堪れない気分になった。
私が下らないことで不貞腐れている間に、この人は危険のひとつひとつに気を配ってくれていたらしい。
私とこの男の人、もっと言えば私と黒龍神の違いを思い知らされる。
立っている立場ステージの違いを痛感する。
私は声を絞り出した。
「私に……用、なんでしょうか」
「否、目的はてめぇで、用は俺にあるってとこか」
すぅ、とイーヴィルさんの周りの空気が冷たくなった。
嗚呼、と私は思う。
彼はこの状況を楽しんでいるのだ。
否、楽しんでいるというのは少々語弊がある。
言ってしまえば、こうした緊張感に身を置いているイーヴィルさんはギラギラとしている。
水を得た魚のように、生き生きしていると言いたいのだ。
また、遠くなる。
遠い人。
知らない人になって。
(寂しい、な……)
きゅうと心臓が縮こまるような気がした。
「ラビ」
不意に届く声に我に返ると、彼は微かに口角を上げた。
「次の角で、撒くか」
周りの空気に温度が戻ってきた。
私は目を白黒させる。
「へっ!? い、良いんですか後ろの人と話さなくて?」
そう聞けば、イーヴィルさんはまっすぐ前を見て答える。
「重要な用なら、相手からまた訪ねてくんだろ。今日はそんな気分にならねぇ」
買い物袋をひょいと肩に担いで、彼は私の肩から手を放して続けた。
「今日は買い物に来たんでな」
相手の体温が離れて、私はようやく力を抜く。
歩いていただけなのに、身体が火照るような、熱を感じた。
イーヴィルさんの体温が心まで沁みたような気がした。
いつも通りの彼が、今は何だか凄く嬉しいのだ。
「ありがとう、ございます」
顔いっぱいの笑顔で見上げれば、相手は驚いたのか、買い物袋を取り落としそうになっていた。
「お、おまえな……」
ごにょごにょと何か言う彼の声が聞きとれなくて、私は首を傾げた。
「へ?」
「何でもねえよ。オラ、走るぞ」
ふいと顔を背けて早歩きになったので、結局イーヴィルさんがどんな表情かおをしていたのか、わからなかった。
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(破壊力あり過ぎだろ…)
(直視したらきっと、俺は)
(如何にかなってしまうんだろう)