ショッピングモールを歩く奇妙なふたり組がいる。
ひとりは背の高い男、もうひとりは小柄な少女だ。
男の名をイーヴィル・B・レインという。
如何曲がり間違っても、彼はショッピングモールを歩くような人間ではない。
現に、彼の紅い隻眼は、既に店やら人やらに飽きたように泳いでいた。
彼の職業はマフィアである。
どちらかと言えば、こんな煌びやかな昼より物憂げな夜の方が仕事はし易いだろう。
と、なれば彼が曲がり間違ってこの煌びやかな昼のショッピングモールにいる理由は、隣の少女に在るらしい。
少女の名をラビエール・ホワイトという。
彼女はまるで違和感もなく、このショッピングモールに溶け込んでいた。
当たり前だ。
彼女はごくごく普通の一般人である。
一般人がショッピングモールで買い物を楽しむのは鉄板も鉄板、常識をそのまま絵にしたような光景であるわけだから、そう。
やはり、この一般人にそのマフィアが付属したと見て良いらしい。
「ふわぁ! こんなに大きなお店、見たことないですよう。さすがパリですねぇ!」
少女は感激したように、あちらこちらに目を走らせている。
「良かったな」
一方、イーヴィルは若干投げ遣りにそう言った。
移動でかなり歩かされたらしい。
はっとしたように、ラビの眉尻が下がる。
「あっ! あああすいません! 遊びに来たわけじゃないってことは知ってますよイーヴィルさん。…付き合わせてしまって、申し訳ない限りです、はい」
しゅんと肩を落とすラビに、イーヴィルは溜め息をついた。
「むしろ言い出したのは麻桐だろう。てめぇの所為じゃねえよ。必要なものは買うべきだし、てめぇはひとりで外出できない立場だし、……それを責める謂れはない。そんな顔するな」
ぱっとラビは最高の笑顔を浮かべた。
「そうですかッ!? じゃあッ! じゃあ、あのお店見てきますね!」
「切り替え早ええなオイ」
彼の突っ込みも届かないようで、ラビはたかたかと近くの店へ駆けていく。
その背中をやれやれと男は見送った。
その姿はさながら、苦労人のようである。
私がお店から出て最初に目にしたのは、たくさんの女性に囲まれたイーヴィルさんでした。
何やら話し掛けられているようだけれど、この距離では聞こえない。
「………」
買い物袋に目を遣って、もう一度イーヴィルさんの方を見たけれど、……如何やら見間違いではないようだ。
近寄れないなぁ、と私は溜め息をついた。
イーヴィルさんは罪だと思う。
本人が果たして自覚しているのか否か、兎にも角にも彼は顔が整っているのだ。
女性に話し掛けられない方がおかしいくらい。
あーあ、とお店のショーウインドウに映る自分の影を見遣った。
私は彼のお仕事をあまりよく知らない。
彼の知り合いも何もかもよくわからない。
だから、知らない人に囲まれた彼はまるで知らない人のようで、遠くて、実は好きじゃなかった。
(寂しい、な……)
イーヴィルさんと出会って一年と四十二日。
いつからか私は、彼と育ての親とを重ねてしまっていた。
最低だと思う。
まるで黒龍神の代わりのようにイーヴィルさんを見るなどと。
それではあまりにも……あまりにも黒龍神が救われないではないか。
イーヴィルさんにだって顔向けできないではないか。
イーヴィルさんは黒龍神ではない。
黒龍神は、……彼はそう、死んだのだ。
きゅうと金のカメオを握り締めたら、上から声が降ってきた。
「買い物、済んだのか?」
見上げれば、困った顔の男の人が目の前に立っていた。
これが噂の瞬間移動かと感心していたら、イーヴィルさんに頭を小突かれた。
「済んでんなら、ちゃっちゃとこっちに来いよな。……ったく、てめぇがいないと人に絡まれていい迷惑だ」
本当に嫌そうな顔で、彼は灰色の髪をかき上げる。
見れば、ショッピングモールにいる女性達が恨めしげに私を睨んでいた。
…こ、怖い。
視線だけで石にされそうだ。
そろそろと背の高い彼を盾に隠れながら、私は苦笑した。
「そういえば両手に花、でしたね」
「馬鹿言え。あれは魔女だ」
一体何を言われたのか、彼の女性に対する目は冷たい。
きょとんとしたら、彼は肩を竦めた。
「大体、今は花一輪で手いっぱいだしな」
「??」
ますますわからない。
首を傾げると、イーヴィルさんは「まあ、いい」と言った。
私の腕を引っ張って彼は歩く。
「さっさと行くぞ、ラビエール」
彼はコンパスが長い。
だから相手の歩調に合わせるには、私は小走りしなくてはならないのだ。
私は慌てて、イーヴィルさんに従った。
買い物
(彼の小さな優しさ)