ずっと気になっていたことを、思い切ってイーヴィルさんに聞いてみた。

 

 

 

「イーヴィルさん、イーヴィルさん」

 

 

「あ? 何だラビ?」

 

 

「煙草ってどんな味ですか??」

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

 

唐突過ぎたのか、むせられた。

そんなに変な質問だっただろうか。

 

ごほごほと口を押さえて咳込むイーヴィルさんに、私は首を傾げる。

 

 

 

「美味しいですか?」

 

 

 

イーヴィルさんは、私の顔と私の手に握られた彼愛用の煙草箱を交互に見て言った。

 

 

 

「別に美味くはねえかな」

 

 

「じゃ、如何して吸うんですか?」

 

 

 

さらに質問を重ねられて、相手はしばし考え込んだ。

如何やら彼は、空気を吸うように煙草を吸っているらしい。

 

やっと答えらしい答えが返ってきた。

 

 

 

「ねぇと、苛々すっから」

 

 

 

つうか死ぬかもな、とイーヴィルさんは続けた。

 

確かに煙草を吸っている時の彼は幸せそうだった。

少なくとも、苦労の多い彼には一服する猶予くらい必要だろう。

 

私はまじまじと箱を眺めた。

ますます気になる。

 

 

 

「イーヴィルさん、私も吸ってみたいです」

 

 

「はあ!!??」

 

 

 

イーヴィルさんが素っ頓狂な声をあげた。

そんなに変なことを言っただろうか。

本気で驚いた顔をするイーヴィルさんは、結構レアだと思う。

 

相手の紅い瞳を覗き込んで聞いた。

 

 

 

「一本、駄目ですか?」

 

 

 

イーヴィルさんはぶんぶんと首を振る。

 

無論、横に、だ。

 

 

 

「いやいやいや待て待て待て。子供の吸うもんじゃねーんだぞ……」

 

 

「えー……」

 

 

 

心底残念な顔をすると、相手は灰皿に煙草を押し付けて消した。

彼は訝るように聞く。

 

 

 

「そもそも、如何してまたそんなことを?」

 

 

 

彼の言葉に、私はぽそぽそと白状した。

 

 

 

「だって、イーヴィルさんは煙草が好きでしょう?」

 

 

「ああ」

 

 

「私、イーヴィルさんのことも麻桐さんのことも、全然知らなくて。好きなこととか、嫌いなこととか……だから、…だから知りたいんです。せめて、好きなものくらい、知りたくて」

 

 

「……」

 

 

「知らないのは、怖いことですよ」

 

 

この前、他人から言われて初めて知ったことがある。

 

無知であることは、寂しい。

 

いつか離れ離れになってしまったら、探す根拠すら見失ってしまうような気がして、怖かった。

もう、黒龍神の二の舞はしたくないのだ。

 

もっと訴えようと息を吸い込んで、さあ言うぞ、と構えたら、唐突に彼の大きな手が頭に落ちてきた。

見れば、イーヴィルさんはまた煙草を咥えていた。

 

 

 

「ガキだな、おまえ。そんな背伸びすんなよ」

 

 

「あうあ! ちょ! イーヴィルさんっ!」

 

 

 

頭をわっしゃわしゃにされて、私は不貞腐れる。

 

いっつも彼は、私を子供扱いするのだ。

確かに煙を優雅に吐く彼は、悔しいけれど大人に見えた。

 

私は頭を撫でられながら、唯、むくれた。

 

ふと、イーヴィルさんが椅子に座ったまま言った。

 

 

 

「……教えてやろうか?」

 

 

 

急なことで、きょとんとする。

 

 

 

「何をですかぁ??」

 

 

「煙草の味」

 

 

 

真紅の左目が不思議な光を帯びていた。

 

私は笑顔で飛び上がる。

我ながら、単純だと思った。

 

 

 

「教えてくれるんですかっ!?」

 

 

「知りたいんだろ」

 

 

 

ちょいちょいと彼は指で私を呼んだ。

 

……??

近くに寄れってことだろうか。

 

私は顔を近づける。

 

イーヴィルさんの瞳に私の姿が映り込んでいるのが見えた。

こうしてまじまじと見ると、本当にこの人、美人さんだなぁと思った。

睫毛長いし、顔が整ってるし、男の人にしておくのが勿体無いくらいだ。

 

まあ、そんなことはさて置き。

 

さて、煙草の味を如何説明してくれるのだろう。

わくわくしていると、イーヴィルさんが再び煙草を灰皿で消すのが目の端に映った。

 

……ありゃ??

 

 

 

「もっと近く」

 

 

 

イーヴィルさんが言った。

 

ふわりと私の前髪が揺れる。

 

え、もっと近くってこれ以上近づいたら会話どころではなくなるのではなかろうか。

 

首を傾げていると、するりと私の後頭部にイーヴィルさんの手が回った。

触れられた瞬間、どれほど彼に近づいているのかに気がついて、急に恥ずかしくなった。

 

 

 

「っイーヴィルさ……」

 

 

「何だ」

 

 

「ち、近いです」

 

 

「近いな」

 

 

 

普通に返された。

 

目の遣り場に困っていると、イーヴィルさんの手がそのまま私の首元まで来て、私を引き寄せる。

睫毛を伏せた彼の瞳の中の色に、一気に心拍数が跳ね上がった。

 

もう触れ合ってしまいそうな距離に思わず目を瞑ると、ガチャリと社長室のドアが開けられる音がした。

 

目を開けば、ドアのところでニコニコしながら立っている緑髪の男の人を見て取った。

早業とはこのこと、イーヴィルさんの手が緩んでいたので、私は恥ずかしさに耐えかねてぱっと離れた。

 

イーヴィルさんは何故だかとても不機嫌そうに舌打ちする。

 

 

 

「……くそ、…麻桐」

 

 

「イーヴィル、資料室の書類を片付けるの手伝ってください。夢憑ムツキひとりじゃ大変なので」

 

 

 

如何やら私がどれほど彼に近づいていたのか、麻桐さんには見えていなかったようだ。

 

麻桐さんの自然な態度に、思わずホッと胸を撫で下ろした。

あんな姿を見られたら、きっと一週間くらいからかわれるだろう。

 

一方、イーヴィルさんは心中穏やかじゃないのか荒々しく立ち上がって、私に人差し指を突きつけた。

 

 

 

「大体、知らねえのはお互い様だろうが! 俺のこと知りたいなら、てめぇからまず俺に話せよ!」

 

 

 

そう言い捨てて、彼はむすっと上司のいる扉の方へ歩いていった。

その背中をぽかんと見ていたのも束の間、不意に意味に思い至って可笑しくなった。

 

お互い様、ね。

 

言葉の裏に潜む彼なりの気遣いと、不器用さが何だか笑えた。

イーヴィルさんは可愛い人だな、と思う。

 

お互い様、ね。

 

その言葉を聞いて、何だか心がほっこりしたような気がした。

 

 

 

 

 

喫煙ノススメ

 

(てめぇ、麻桐! 立ち聞きしてたのか!?)

(はて、何のことやら)

((わざとだ! さっきの絶対わざとだコイツ……!))

(まさか兎の皮を被った狼がいるとは。ラビがぱくりと食べられる前に、猟銃でも出しましょうか。ねえ、イーヴィル??)

(…………笑えねぇ)