「はむっ☆ ……! ………~~~…」

 

 

「幸せそうだなラビ。そんなに美味ぇのか」

 

 

 

灰色髪の男が頬杖をつきながら、向かい側に座る少女に言った。

例え一言も発しなくとも、彼にとってこのわかり易過ぎる少女の表情を読むことは、いとも容易いらしい。

 

目の前のチョコレートケーキに舌鼓を打っていたラビは、男にふにゃりと笑いかけた。

 

 

 

「はいっ! このスポンジが固くもなく、かと言って崩れるほど柔らかくもなく、そして中の隠し味にベリーソースを挟めているのが何とも言えません。甘酸っぱさがチョコレートの味をうまく引き出していますね。表層をコーティングしたチョコレートはドイツ産直輸入のものでして、微かなほろ苦さと香りを持っているんですよ。いや~、ほんと贅沢ですよねぇ。チョコレートの溶き方にもこだわりがあるらしく、空気を沢山含んでこう、ふわっと」

 

 

「とりあえず美味いことはよくわかった」

 

 

 

このままでは半日中このケーキについて語られそうなので、イーヴィルは甘党少女を留めた。

美食コメンテーターか、というツッコみが彼の表情にありありと書いてある。

しかし、そんなことには気づかないのか、あるいはチョコレートケーキの方に集中しているのか、ラビは再びフォークでチョコレートを掬い上げた。

 

幸せそうである。

 

 

 

「凄く美味しいです~」

 

 

 

ぱくりと一口含んで、ラビは頬を緩めた。

そんな様子を眺め、イーヴィルは満足したように椅子の背もたれに体重をかけ、足を組んだ。

 

周りに目を遣れば、かなりの人で賑わっている。

 

二、三人の女性が彼をちら見しては楽しげに何やら喋繰っているし、若いカップルの男の方が、チョコレートケーキに夢中なラビエールに見惚れていて、相方にど突かれたりしていた。

 

つくづく彼、イーヴィル・B・レインはこの一般空間から逸脱している。

如何にか不自然さを消しているのは、彼の前に金髪凡人少女がいることに他ならなかった。

ラビは異色なものを通常な枠に引っ張り込む能力に長けているらしい。

 

イーヴィルはざわざわしいカフェの中で思った。

 

 

 

(ラビエールこいつがケーキを食い終わらなければ良いのに)

 

 

 

イーヴィルの中では、これはお出掛けではない。

少女がケーキを食べ終わって勘定を済ませた先に待っているのは、葉巻の煙が充満したあの鼠の巣である。

光の世界からは程遠い、奈落の闇の中なのだ。

 

如何してあの貿易商人が彼女に会いたがるのか、イーヴィルにはよくわからなかった。

 

 

 

(奇人に好かれる白兎、か)

 

 

 

ぼんやりと見つめる先には、チョコレートの板を摘まみ上げる少女がいた。

 

 

 

(世界支配者(ワールド・ロード)の成り損ない……世界の終わり(ワールド・エンド)をたったひとりで成し遂げられる人間……今は唯の一般人。俺には称号のひとり歩きにしか、見えねぇ)

 

 

 

暗い思いで見つめていると、イーヴィルの視線に気づいたのか、ラビが顔を上げた。

少女の口の端にはチョコレート。

何とも子供っぽい光景だった。

 

 

 

「ん? あ、そっか。イーヴィルさんも一口如何ですか?」

 

 

 

如何やら自分が見られていたのでなく、チョコレートケーキに視線が注がれていたと思ったらしい。

 

そんな間の抜けた対応に、彼は微かに口角を上げた。

 

 

 

「否、いい。てめぇの食う分が減るだろ。それに、見るからに甘そうだ」

 

 

断る男に、ラビエールは眉尻を下げる。

 

 

 

「そうですか~? でも……」

 

 

「いいから食べとけよ。なかなか来れない場所だ」

 

 

 

イーヴィルの言葉に、ラビはこっくりと頷いた。

が、何というか先程の元気は何処へやら、あと数口でスローダウンした。

ようやく自分しか美味しいものを食べていないことに思考が至ったらしい。

 

子供の癖に気を遣う奴だな、とイーヴィルは溜め息をついた。

 

その目から鋭い光と暗い考えはもう窺えなかった。

 

 

 

「じゃあ一口もらっとく」

 

 

 

彼はそう言って、身を乗り出した。

 

ぱぁっと少女の顔が輝く。

 

 

 

「あ、そうですか! イーヴィルさん、はい」

 

 

 

金色の小さなフォークを差し出す少女の手首を掴んで、彼はフォークをあっさりと無視する。

 

彼の舌が、ぽかんとするラビの口の端から頬にかけて付いたチョコレートを攫っていった。

 

 

 

「ふむ、やっぱ甘ぇな」

 

 

 

イーヴィルは平然とそんな感想を漏らして立ち上がった。

 

先程ラビの手首を掴んだ際に自分の手についたチョコレートソースも舐め取って、彼は勘定を摘まみ上げる。

 

 

 

「先に外に出てる。食い終わったら来いな」

 

 

 

このカフェ禁煙だし、と手をひらひら振って、彼は外へ出ていった。

その背中を、少女はフリーズしたまま見送る。

 

ようやく頭が回り始めたのか、ラビは残り僅かなケーキ片へと目を落とす。

 

 

その頬は、みるみるうちにベリーソース色に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

甘党少女とチョコレートケーキ

 

(……あの残り食うのに、如何して二十分もかかるんだか)

(お、おっ遅くなりましたッ!)

(お陰で煙草三本吸えたけど)