ベットにころんと横たわって、ラビエール・ホワイトはうとうとしていた。

昨夜はよく眠れなかったと見えて、彼女の目の下にはうっすらと隈が窺える。

 

微かに丸まった姿は、小さな兎のようだった。

 

少女が夢の挟間を彷徨っている時、彼女の部屋の扉がカチリと鳴って、背の高い男が入ってきた。

長い灰色の髪が、歩くたびに揺れる。

 

 

 

「ラビエール?」

 

 

 

きょろっと部屋を見回して、彼はすぐさまこの部屋の主を発見した。

すーすーと規則正しく息をするラビは、この世の平和を貪っているかのようだった。

少なくとも、彼女は平和に暮らす権利がある。

 

その姿に、彼の目元が少し優しくなった。

 

 

 

「眠り鼠(ヤマネ)とは、よく言ったものだ」

 

 

 

呟きながら彼が静かにベットの上に腰掛けると、ぎしりとベットが鳴った。

 

触れた金髪は、思いのほか柔らかかった。

悩ましげな表情で、イーヴィルはラビの金髪を指で梳いていく。

やがて、彼の大きな手がラビの頬へ行きついた。

 

一瞬迷ったものの、彼は少女を起こすことにしたらしい。

 

 

 

「起きろ、小娘」

 

 

 

そう言って、イーヴィルはラビの頬を包んだ。

ラビは目を閉じたまま、微かに眉を顰める。

 

何かを思いついたのか、彼は今度はぷにっと頬を摘まんでみた。

 

ラビが嫌そうに薄青い目を開いた。

 

 

 

「やぁ…めてくださいよう、イーヴィルさぁん……」

 

 

「てめぇは俺を誘ってんのかコラ」

 

 

 

 

眠そうな回らない口で言う少女に、彼は呆れたように溜め息をついた。

ラビは回転しない頭のまま、とろんとイーヴィルを見上げている。

 

 

 

「……?? 誰を、何処に誘うんですかあ…?」

 

 

「何でもねぇよ、ばぁか。起きろ」

 

 

 

彼は少女の頬から手を放して、少女の頭をぽんぽんとする。

そして表情も変えず、立ち上がった。

 

ラビはうーうー唸りながら、目をごしごしと擦って身を起こした。

とても起きるのが億劫であるようだった。

 

その様子をしばらく眺め、イーヴィルは言う。

 

 

 

「今日の午後、外に出掛けるぞ」

 

 

 

その言葉に覚醒したのか、少女はぴょこんとベットから飛び降りた。

 

 

 

「本当ですかっ!? 嬉しいです!」

 

 

 

にぱっと見上げてくるラビに、彼は少々困惑した顔をする。

 

 

 

「何故出掛ける、とか聞かねえのか?」

 

 

「へ?」

 

 

 

ラビは不思議そうに大きな瞳を丸くした。

思ってもみなかったらしい。

 

ラビは再びにっこりした。

 

 

 

「外へ行けること自体が嬉しいんですよ。だから……私は何も知らなくて良いんだと思います」

 

 

 

少女はマフィアの男にそう言った。

何というか、彼は言葉を失ったようだ。

 

ラビは既に知ることを放棄していた。

それは、彼のため思ったことなのか、あるいは立場の違いを悟ってのことなのか。

兎に角少女は、このマフィアを困らせたくないようだった。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

短く言う男に、ラビは尋ねた。

 

 

 

「麻桐さんも一緒ですか?」

 

 

 

イーヴィルは肩を竦めた。

 

 

 

「否、今日は俺だけだ。麻桐は副職の方で忙しい」

 

 

 

因みにその麻桐の副職というのは、空軍総括という、とても副職っぽくないものなのだが…それも彼女は知らない。

だからこそラビは、平然と「そうですかー」などと頷けるのだ。

 

もし上司がどんな役職ポストに就いているのか、その全容を知ったならこの少女、慌てふためくに違いない。

 

イーヴィルは煙草を咥えながら、窓際の椅子に座って言う。

 

 

 

「……何処に行きたい?」

 

 

 

ラビはとことこと男の前に来て、よくわからないと言いたげに彼を見下ろした。

イーヴィルは軽く紫煙を吐き出した。

 

 

 

「如何せふたりなんだ。文句も出ねぇだろ。近場なら連れてってやるよ……って、ぉわッ!!??」

 

 

 

いきなり少女に飛びつかれて、イーヴィルは仰け反った。

煙草を持つ片手を高く上げて、少女が火傷しないようにしたから良いものの、危なかった。

 

そんなことお構いなしに、ラビは目をキラキラさせて、イーヴィルを見ている。

 

 

 

「えっ、えっ、じゃあ! じゃあ此処の街のカフェに行きたいです! 大通りのカフェにあるチョコレートケーキが凄く有名なんです!」

 

 

 

ネット情報らしい。

 

近距離で見つめられて、彼は目を泳がせた。

いきなり飛びつくんじゃねえこの阿呆がとか、怒るタイミングを逃したようだ。

ちらと目を遣れば、自分が座る椅子に体重を預けた少女のスカートから、半ば白い太腿が露わになっている。

無理矢理其処から目線を外して、イーヴィルはラビの大きな目を見た。

 

 

 

「わかったわかった、連れてくから落ち着け」

 

 

 

余程嬉しかったと見えて、ラビはぎゅうっとそのまま彼に抱きついた。

 

 

 

「ふわぁ、ありがとうございますー! イーヴィルさん大好きーッ!」

 

 

「……ネットの力は凄ぇな」

 

 

 

ぽつりとイーヴィルは呟いて、少女の背中に片腕をさりげなく回した。

思いのほか、温かくて柔らかい。

彼はラビにされるがまま、ほぼ諦めたように溜め息をつくのだった。

 

 

 

 

 

甘党少女とネットの力

 

(とりあえず甘味のネットワーク情報に感謝した)