俺の表情を見る前に、ラビは床で燃える煙草に気づいてきゃああなどと言う。
「イーヴィルさん、火ッ! 火ッ! 大変、燃えちゃう! い、い今、水取ってきますっ!」
大慌てで少女は煙草を鎮火した。
相手がばたばたと煙草の対応に追われていて良かったと思った。
そうでなければ、如何にかなってしまいそうだ。
次にラビがこちらを向いた時には、既に俺は平然とした顔を装っていた。
俺はしれっと言う。
「悪ィ。手が滑った」
何処ぞの可愛い生き物の所為で。
ラビは憮然とする。
「もうっ! 気をつけてください! 煙草とストーブは火事の元なんですから。…はふ~~~……」
パタパタと手で顔を煽いで、ラビはぐったりとした。
思えばこいつ、全然休んでねえ。
俺は立ち上がった。
そしてそのまま、手袋を外そうとしている少女の双肩を押して、ベッドに座らせた。
「座ってろ。休め」
これでは此処にいる意味がない。
手袋を取った少女は、俺を大きな薄青い瞳で見上げてわたわたした。
「わわ私、わんちゃんじゃありませんよう」
「お座り、ってか? …さっきから背筋を伸ばして、それじゃ休んでることにならねぇよ」
結っていた金髪を解いてやれば、ラビは困った顔をする。
「廊下でも言いましたけど、胸が苦しいんですよイーヴィルさん。私の所為じゃなくて、全ては憎きコルセットの所為です」
きっぱりと言うラビの目から、コルセットへの恨みが窺えた。
そんなに嫌いかよ、コルセット。
ラビが荒んだ顔をするなんて相当だった。
そんな大変なもんなのか??
男の俺にはさっぱりだったが、どうも座るというのはなかなかキツい体勢らしい。
少し考え込んだ後、俺は拗ねるラビの隣に座って、車の時のようにその肩を抱いてやった。
間抜けな声を漏らす彼女を見下ろして呆れる。
相も変わらずニブいことだ。
「俺に寄り掛かれ。幾らかマシだろ」
説明してやると、ラビは「あ、そっか」と笑った。
ラビは素直な奴だった。
相手は俺の胸に頭を預けて、目を閉じる。
「あ~本当です~! 快適快適。楽ですね、これ」
「良かったな」
俺は適当に返事をして、煙草の箱を胸ポケットに仕舞った。
うふふ~☆ とラビは上機嫌になる。
如何やら本当に楽な体勢だったようだ。
数秒後、少女の唇から規則正しい呼吸が聞こえてきた。
「……。…いつも思うが、寝るの早ぇよなコイツ」
俺は、俺に寄り掛かってぐっすりと眠っている少女を横目で見遣った。
余程疲れていたのか。
あるいは気を張っていたのか。
すやすやと少女は眠る。
その顔は、バルコニーの時が嘘のようにとても穏やかだった。
彼女が呼吸をするたびに、ふわっふわっと俺の長い髪が揺れた。
「何で俺なんかを信用して、爆睡できんだか……」
呟いて、ラビの顔を、白い首筋を、紅いドレスに包まれたラインを目で追った。
喜べば良いのか、心配すれば良いのか、わからない。
自由な方の片手で前髪をかき上げて、遣り場のない目を泳がせる。
薄い布を隔てた体から伝わるその温かさが、俺の心臓を壊そうとしていた。
悪い景色じゃねえけど
(桜色の唇も、細い首筋も、紅いドレスから微かに覗く膨らみも)
(魅力的過ぎるそれらから無理に目を逸らすのには、勇気がいった)