吸い込んだ紫煙を吐き出せば、それは開け放たれた窓から夜の闇に溶けていった。

 

 

 

「何だか、一緒に休んでもらっちゃって…」

 

 

 

躊躇いがちな声がして振り返ると、ベッドに腰掛けて休む少女がいる。

というか、背筋をしっかり伸ばしているその姿は『休む』の言葉に当て嵌らねえ気がするが。

 

俺は椅子の背もたれに体重を預け、肩を竦めた。

 

 

 

「むしろあのつまらんパーティーを抜け出す口実になって、感謝してるくらいだ」

 

 

 

本音を吐き出せば、ラビはくすりと笑った。

 

 

 

「それはまた何と言いますか、…お役に立てて、何よりです」

 

 

「いっそこのままサボっちまうか、ふたりで」

 

 

 

そんな軽口を叩けば、少女はあははと声を立てて笑った。

大分、顔に血の気が戻ってきていた。

最初バルコニーで見た時なんか、死人みたいな顔してやがったのにな。

 

俺は紫煙を吸い込む。

 

一体どんなことを言われたらあんな顔をするのか、大体察しはついていた。

それと同時に湧く、憤り。

 

あの時、俺はどんな顔をしていたのだろう。

 

 

 

(…こいつの前であの男を脅しつけたのは、少々不味かったか……)

 

 

 

微かな反省も、少女のあの壊れてしまいそうな表情であっさりとかき消えた。

未だ、俺の手には鮮やかに残っている。

 

震えていた彼女の、感覚が。

 

もしこの少女がいなければ、俺は確実にあの男を歴史上から抹消していたことだろう。

否、昔の俺ならこいつの前でもたぶんそうした。

そんな確信があった。

 

そうしなかったのはきっと、今の俺にとってそんなことよりも、こいつの体調が優先だったからなんだろう。

 

 

俺も随分と丸くなったものだな、と。

 

荒んだ心を抑え込んで思った。

 

 

ぽふっと小さな手が頭に乗せられて、驚いた。

ラビエールだった。

 

 

 

「イーヴィルさんも無理してたんですねぇ」

 

 

 

いつの間にベッドから窓際まで移動したんだか、相手は俺を見ながらしみじみとそんなことを言って、俺の頭を撫でた。

母親が子供にするようなそれだった。

 

微かに頬が熱くなる。

 

 

 

「何がだよ」

 

 

 

撫でられる心地良さよりも羞恥心の方が勝って、俺は少女の手を下ろさせる。

ラビエールはふにゃりと笑った。

 

 

 

「無理して、嫌いなパーティーに来てくれてたんですよね」

 

 

 

彼女の言葉に、内心どきりとした。

 

…何で、知ってんだよ……。

 

その疑問は、浮かぶ上司の笑顔で解決した。

あンの野郎、ラビエールに要らねぇこと教えやがったな。

 

思わず頭を押さえた。

 

本当、何もかもが筒抜けだ。

これじゃ、何のために感情を押し殺してたんだかわからないぜ。

全く。

 

……格好悪ィ。

 

むすっと不機嫌になる俺に、ラビは言った。

 

 

 

「私、イーヴィルさんが来てくれたから、頑張れました」

 

 

 

相手の言葉に面食らってそちらに目を遣れば、ラビは紅いドレスの端を弄くりながら、一生懸命言葉を探していた。

驚く俺に、ラビはなお言い募った。

 

 

 

「あなたがドレスを褒めてくれたから、…人がいっぱいでも怖くなかったし、ちゃんと麻桐さんの知り合いさんにも挨拶できましたし! ……決して褒められるほど上手くできたわけではないんですけれど、でも、頑張れたと思うんです…」

 

 

 

だから、とラビはもごもごと続けた。

 

 

 

「ありがとう、って……あ、あとイーヴィルさんもたまには休んでくださいって、そう言いたくて、ですね」

 

 

 

ぽと、と煙草が指から滑り落ちていった。

 

な。

 

 

 

(何だこの可愛い生き物……!)