「大丈夫か?」

 

 

 

イーヴィルさんが心配そうに、ぱたぱたと自分の白い手袋で私に風を送ってくれている。

廊下は静まり返っていた。

当たり前だ。

私とイーヴィルさんしかいないんだから。

 

一階の方からがやがやと人の声が聞こえた。

会場が如何に賑わっているか、窺える。

 

 

 

「…だい、じょう…ぶ」

 

 

 

言いかけたところで、気持ち悪さが胸をついた。

 

 

 

「じゃ、なさそう…です……」

 

 

 

今回ばかりは強がることすらできずに、私は弱々しくそう言った。

だろうな、とイーヴィルさんは眉尻を下げた。

 

 

 

「顔、真っ白だぜラビエール」

 

 

「このドレスと、逆ですね…」

 

 

 

冷や汗をかきながらも相手に笑いかければ、イーヴィルさんは深く溜め息をついた。

 

 

 

「ったく、冗談言ってる場合かっつうの」

 

 

 

本当にお前は、と彼は手を伸ばして私の首筋を撫でた。

彼は知らないだろうが、先程あの男の人に触られたところだった。

あれほど知らない人だと嫌だったのに、イーヴィルさんの場合、むしろ触られて安心した。

 

やっぱり、知ってる人と知らない人とでは大違いだ。

 

私は深呼吸する。

そんな様子に相手は言った。

 

 

 

「少し休んだ方が良さそうだな。其処の部屋、空いてるし」

 

 

 

イーヴィルさんの言葉は有り難かったものの、ふるふると首を横に振った。

 

 

 

「いえ、会場に戻らないと……麻桐さんに迷惑かけちゃいますよ」

 

 

 

そう言えば、彼は私の顔を覗き込んだ。

 

 

 

「如何だかな。そんなふらふらで会場にいられる方がアレだがな」

 

 

「あう」

 

 

 

痛いところを突かれ、私は押し黙った。

確かにその通りだ。

 

呻きながら、私は腰をさする。

 

 

 

「せめてコルセット外せたら良いんですけどねぇ。苦しいんですよ、これ」

 

 

 

イーヴィルさんはよくわかっていないと見えて、しげしげと紅いドレスを眺めながら首を捻っていた。

彼は訝しげに尋ねた。

 

 

 

「そんなに締められてんのか??」

 

 

 

私は彼を見上げて頷く。

 

 

 

「胸が苦しいんです。……はぅ」

 

 

 

苦い溜め息をつけば、イーヴィルさんの目がついっと動いた。

つつつと私の顔から下の方へと目が泳いでいく。

 

ん??

 

私はきょとんとして、何かに集中する相手の視線を追いながら呼び掛けた。

 

 

 

「イーヴィルさん??」

 

 

「ぁあっ!!??」

 

 

 

びくりと肩を跳ね上げて、イーヴィルさんは変な声を出した。

その音量に私も吃驚する。

 

……何をそんなに驚くの??

 

がばりと、彼は下げていた視線を私の顔まで引き上げた。

 

何故だろうか。

私の目を見つめる彼の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 

とても慌てている様子だ。

 

一体何に集中していたんだろう?

 

 

 

「どぉしたんですか?」

 

 

 

不思議に思って聞いてみると、イーヴィルさんは片手で顔を覆ってもごもごと言った。

 

 

 

「な、何でもねえよ…ほら、とりあえず行くぞ! 少しその部屋で休んどけ」

 

 

 

ふいと顔を背けて、灰色髪の男の人は私の手を引いた。

私はあわわと会場の方を見遣った。

心配だった。

 

 

 

「でっ、でも」

 

 

 

私の表情を見た彼はふっと息をついて、目元を優しくした。

 

 

 

「ばぁか。俺が休みてぇんだよ。一服付き合え」

 

 

 

そんなこと言われてしまってはもう、彼の言う通りにするしかないだろう。

 

彼はずるい。

 

私が逆らえないような状況を、言葉巧みに作ってしまう天才なのだから…。

 

そんなことを思いながらも、会場から目を離してゆっくりと微笑んだ。

イーヴィルさんの優しさが、何だかとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

ありがとうございます。

 

(ところでイーヴィルさん。さっき何を見てたんですかぁ??)

(はあ!? や、別に何も見てねぇ! 忘れろ!)

((胸の谷間に目がいってたとか、絶対言えねぇ……))

((つうかコイツ、何気に胸でかいよな……))