を、掴め

 

 

5.迷宮を抜けて

 

 

 

「ほほう、これまた随分と退化したなぁ若人よ」

 

 

 

目の前の巨人その壱が言った。

 

 

 

「服や帽子まで縮むんだナ、テオドア君」

 

 

 

目の前の巨人その弐が言った。

 

俺は巨人その壱の手の平を靴の先で蹴っ飛ばした。

 

 

 

「好きで小さくなったわけじゃねーよベンジャミン!」

 

 

 

全力で蹴ったのに、巨人壱もといベンは平然と笑っている。

 

くっそ~……。

 

じんじんする爪先をさすりながら後ろを振り返ると、先程通り抜けてきた扉が見えた。

俺サイズの小さな扉だ。

 

あの後此処に戻ってくると、例の回転壁の下にこの扉がついていることに気がついた。

小さくなると見えるものも違ってくるのだなと実感した。

 

説明を手早く済ませたセピリアが小さな扉から目だけを覗かせて、ベンとグレイに言う。

 

 

 

「これがその瓶だよ。あとはどんなに探しても、何もなかったんだ。そっちは如何??」

 

 

 

グレイは瓶を受け取りながら、隣のベンを示して言った。

 

 

 

「このオジサンの手柄だヨ。オレ達此処で休んでたんだが、寝っ転がってたオジサンが小さな扉を発見したんダ。今、テオドア君が通ってきた奴と、それから反対側の……ほら、あれだヨ」

 

 

 

グレイが示す方を見れば成程、向こう側の壁に似たような扉があるのを見て取った。

 

ただし、やはり俺サイズだ。

 

ベンが言う。

 

 

 

「此処は閉じた空間だからねぇ。さっきオジサンと白兎さんが落ちてきた穴を登ろうかとも思ったが、赤猫くんの助けを借りても無理だったよぉ。やはりこの扉しか、通行可能なものはないね」

 

 

 

ベンの言葉が決定打となったのか、グレイは俺に瓶を振ってみせた。

 

 

 

「毒じゃないってことは、テオドア君が証明してくれたしネェ」

 

 

「てめぇな……」

 

 

 

グレイのブーツをぽかぽかしたが全く何の効果もないのか、グレイはあっさりとセピリアの方を向いた。

 

 

 

「道はひとつのようダ」

 

 

「そぉだね。迷子になってた道さんを見つけてあげたんだし、きっと道さんも出口まで連れてってくれると思うんだよ」

 

 

 

覗いた紫眼が細まって、相手はにっこりする。

 

 

 

「じゃ、グレイとベンちゃんが先に飲んで。そしたら僕が、手を伸ばして瓶を取るから」

 

 

 

ふたりは言われた通り、先に一口ずつ液体を飲み込んだ。

さっきは自分自身だったから変化に気づくのは疎かったが、ふたりがみるみるうちに縮んでいくのを見て納得した。

こんなにも目線の高さが急激に変わったらふらつくし、酔いもするだろう。

 

微かに顔色を悪くするふたりの近くに、ごとんと音を立てて巨大な瓶が落ちてきた。

まるで隕石が落ちてきたように、床に衝撃が走る。

 

自分と同じサイズの硝子の塊を眺めていると、細っちい腕が伸びてきた。

 

 

 

「う、あと少し、なんだけど……」

 

 

 

セピリアが扉から腕を必死に伸ばしているが、あと少しのところで瓶に届かない。

 

俺は横倒しになった瓶を押してみた。

 

 

びくともしない。

 

 

グレイとベンにも手伝ってもらって掛け声と共に押せば、如何にかこうにか数センチ動いた。

セピリアの手が軽々と瓶を壁の向こうへ消失させる中、瓶の重量に俺達三人はその場でへばる。

 

帽子でぱたぱたと風を送りながら、俺は額の汗を拭った。

 

 

 

「……小さいって、楽じゃねえな……」

 

 

 

喘ぎながらベンは笑った。

 

 

 

「早く元の大きさに戻れることを祈るよ」

 

 

 

ごとん、と音がして、また床が揺れた。

 

そちらに目を遣れば、元の縮尺通り俺と頭ひとつ分違うチビと、巨大な瓶によって向こう側から塞がれた扉がいた。

セピリアはとことこと駆けて来ると、不満そうに俺を見上げ頬を膨らませた。

 

 

 

「……。……またテオの方が大きくなっちゃったよう」

 

 

 

俺は服の汚れをはたき落して立ち上がった。

 

 

 

「もう『チビ』なんて馬鹿にしねぇよ」

 

 

 

この苦労でよく学んだ。

 

俺の言葉を反芻したセピリアがぱっと顔を輝かせた。

俺の言葉が嬉しかったようだ。

 

ベンが苦笑した。

 

 

 

「小さくても便利なことはあるんだよ、白兎さん」

 

 

 

言い聞かせるベンに、セピリアは首を傾げる。

 

 

 

「そぉかな?」

 

 

「今がそれだネ」

 

 

 

グレイがこつこつと小さな小さな扉を示して、芝居がかったように腰を折った。

 

 

 

「さあ参りましょうカ、小さい皆々様?」

 

 

 

グレイの言葉にその場でどっと笑いが起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まれ止まれぇい!」

 

 

 

小さな扉をくぐり、小さな一本道を進み、わりと広い……しかしながら小さい地下水路のような場所に出たところでそんな声が掛かった。

 

何事かと見れば、俺達の目の前に二匹のガラの悪そうなネズミが立ち塞がっている。

いつぞやのコーカス・レースのネズミを思い出したが、目の前のこいつらは明らかにそんな清潔さや従順さを持ち合わせていなさそうだ。

 

 

相手はドブネズミだった。

 

 

ドブネズミ二匹はサーベルを交差させて、偉そうに言った。

 

 

 

「見慣れない奴らめ! 此処は通行禁止だ」

 

 

「通りたきゃ、通行税を納めるんだなっ!」

 

 

 

俺はぴくりと眉を吊り上げた。

 

 

 

「通行税だと?」

 

 

 

鼻をひくつかせるドブネズミに、隣のグレイが肩を竦めながら言った。

 

 

 

「幾らだイ?」

 

 

 

ドブネズミ達は顔を見合わせ、また俺達を見た。

 

 

 

「占めて一万ピースだ」

 

 

「勘違いするなよっ! ひとり一万だからなっ!」

 

 

 

俺は小声で後ろのベンに尋ねた。

 

 

 

「一万ピースって高いのか?」

 

 

 

ベンの瞳の奥で光が燃えているのが見えた。

ベンはこそっと囁き返す。

 

 

 

「暴利だよ、テオドア。通常の人間が一年間の生活で使うのが千ピースだ」

 

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

 

 

俺が呆れる中、セピリアが首を傾げてドブネズミ達に言った。

 

 

 

「ねーねー、ちょっとだけ高いんだよ。もっと安くならないのかな??」

 

 

 

何だこの子供は、と言いたげにドブネズミ達はじろじろとセピリアを眺め回して吐き捨てた。

 

 

 

「駄目だねっ!」

 

 

「ひとり一万だ。じゃなきゃ、此処は通さねぇッ!」

 

 

 

セピリアはお願いするように両手を合わせる。

 

 

 

「ねーねー、お願いなんだよ。安くしてほしいの。意地悪しないでさーぁ…………わうっ!?」

 

 

 

セピリアの鼻先をサーベルの刃が掠めて、セピリアは尻餅をついた。

 

ドブネズミは目をギラつかせて喚いた。

 

 

 

「貧乏人に用はねえ! 失せな!」

 

 

 

思わず抗議の声をあげようとした時、ひゅんひゅんと音がして、目の前のドブネズミのひげが切れた。

 

いつの間にか俺の前に、ベンがだらしなく立っている。

 

 

 

「……失せるのはどっちだろうねぇ」

 

 

 

ベンは無表情でそう言った。

 

もう一匹のドブネズミがサーベルを振り翳した。

 

 

 

「何だテメェ……っ」

 

 

「君は黙ってなさいよ、大きいネズミ君の方」

 

 

 

ぱちんとベンが怠そうに指を鳴らすと、ばさあっとそのネズミの毛が下に落ちて丸裸になった。

とても寒そうだ。

 

俺は目を白黒させた。

 

いつの間にネズミの毛を刈り取っていたんだ、このオッサンは。

 

ベンの前にいるひげを切られた方のネズミは、丸裸にされた仲間を見て一歩尻込みした。

 

 

 

「ひ」

 

 

 

音もなく一歩詰め寄って、ベンは言う。

 

 

 

「よもや白兎さんに刃を向けるとは。万死に値するね」

 

 

 

両手に小振りのナイフを出現させるベンに、ドブネズミ達はあわあわと後退した。

 

 

 

「しっ、白兎だとぉ!?」

 

 

「あっ、あわ、あわわわわ! オヤビ―――ンッ!」

 

 

 

闇に溶けるように、相手は一目散に逃げ出した。

まさに早業である。

 

ベンは尻餅をついたままのセピリアに手を差し出した。

 

 

 

「大丈夫かい、白兎さん? 怪我とか……えーと、えーと……とりあえず病院に……」

 

 

 

心配そうにあれやこれや騒ぐベンの手を掴んで、セピリアは元気に立ち上がった。

 

 

 

「へーきだよっ! ほら、素晴らしく無傷☆」

 

 

 

両手を広げてみせるセピリアの後ろで、グレイが呆れたように言った。

 

 

 

「……アンタ、実はかなり強いのナ」

 

 

 

胡散臭そうに見られて、ベンは居心地悪そうに笑った。

 

 

 

「いやだなぁ、あれは緊急時に発揮されるミラクルパワーだよ。火事場の馬鹿力って奴ぅ?? オジサン超びっくり」

 

 

「超とか言うなっつうノ。激しく嘘臭イ」

 

 

 

グレイは溜め息をついた。

 

それは俺も思った。

 

ベンは頭を掻いて、パッとがらんどうの通路を示した。

 

 

 

「ま、まあほらその……見たまえよ若人達! にっくきネズミ達は去った! 進もう、さあ行こう!」

 

 

 

ずんずんと大股で闇を進んでいくベンの背中を見て、俺はぼそりとグレイとセピリアに言った。

 

 

 

「……始めからこうすりゃ、早かったんじゃねえの?」

 

 

「違いないネ」

 

 

 

と、グレイ。

 

 

 

「ベンちゃん、強いからねぇ」

 

 

 

と、セピリア。

 

 

俺の意見は正しいようだった。