探せば探すほど
見つからないものはなあに?
求めれば求めるほど
遠ざかるものはなあに?
4.出口を探せ
「なぞなぞ好きな人っ!」
元気良く先頭で叫ぶガキンチョ。
「「はいはーい!」」
そしてそれに悪乗りする大人ふたり。
俺はと言うと、地面に足が着いていることに感謝しながらぐったりとしていた。
先程まで例の古代樹同士を繋ぐ足場を、神経をすり減らしながら渡っていたのだ。
また二、三度落ちかけた。
もはや、高いところが好き嫌い如何のこうのではない。
俺は学んだ。
人は地上で生きるべきだ。
「テぇオぉ?? どったの? 元気ないねぇ」
先頭を歩いていたセピリアが、俺のところまでとことこ駆けて来た。
さながら主人を心配して駆け寄ってくる子犬のようだった。
なので、こめかみを押さえて応じた。
「……しばらく放っておいてくれないか……」
一番後ろを歩きながら、蒸し暑い空気を思い切り吸い込む。
未だ、地面に着いているはずの足元が頼りなく思えるのは、末期だと思った。
セピリアが首を傾げると、グレイがにやにやしながら言った。
「放っといてやりなヨ。テオドア君は如何やら、高所恐怖症にでもなったらしイ」
「コーショキョーフショー??」
セピリアが腕を組んで考え込むと、ベンがくくくと笑った。
「高いところから二、三度落ちかけるとなる病気だよ、白兎さん」
「煩い、ベンジャミン」
俺は帽子を取って不機嫌に言った。
セピリアは大きな目で俺を見上げる。
驚いたようだった。
「テオってば病気なの? へーき??」
「死にゃあしないヨ、セピリア」
グレイが口を挟んだ。
「もしテオドア君が高所恐怖症で死んだら、三人で笑ってあげよウ」
「黙れ、グレイ」
睨めば、赤猫は悪びれもせずににやにやと笑った。
「高所恐怖症で死ぬなんて世界初だと思わないかイ。……元気を出したまえヨ、テオドア君。我らが白兎君の楽しいなぞなぞで、気分も晴れるサ」
俺はやる気もなく、ふんと鼻を鳴らしてさっさと足を動かした。
くだらねぇ。
グレイに促され、セピリアは指を一本突き上げて言った。
「第一問っ! 蝶は蝶でも、お料理に使うチョウは何でしょうっ!?」
ベンとグレイが沈黙して首を捻る中、俺はやれやれと即答する。
「包丁」
「ぶっぶー」
セピリアは楽しそうに言った。
「正解は、バタつきパンバタフライでしたー」
俺はベンジャミンを見て、真顔で聞いた。
「バタつきナントカ蝶って何だ??」
「羽が薄いバタートースト、身体がパンの皮、頭が角砂糖の蝶々さ」
ベンが答える中、セピリアが大真面目に付け加えた。
「クリーム入りの薄い紅茶を餌にしてるんだよ、バタつきパンバタフライは」
そんな奇妙奇天烈な蝶なんて知るか。
如何にも納得できないでいると、セピリアが指を二本突き上げて「第二問―っ!」なんて言った。
「パンはパンでも、食べられないパンはなーんだっ?」
これまた大人ふたりはうむむと唸った。
無視を決め込んだが、何故かふたりはいつまで経っても答えず、悩んでいる。
痺れを切らせて、俺は言った。
「……フライパンだろ」
「ぶっぶー、はずれぇ!」
再びセピリアがきゃっきゃと笑った。
こいつ、俺が間違えると嬉しそうだよな。
セピリアはさも偉そうに胸を張った。
「テオったら、フライパンは食べれるパンじゃん。ジョーシキだよ?」
俺は相手に突っかかった。
「はぁ?? フライパンを食べる奴なんて聞いたことねーぞ!?」
言えば、溜め息をつかれた。
セピリアは呆れ顔で明かす。
「もー……フライパンってゆったら、炒めものの付け合わせに食べるパンじゃん。僕だって毎日毎日フライパン食べてたんだからね。答えはクリームパンだよ、テオ」
俺はますます納得できない顔をした。
「クリームパンって食べれんじゃねえかよ」
「クリームパンはぁ、食べたら身体が水玉模様になって眠っちゃうキノコのことじゃん! 頭がおかしくならない限り、そんなもの食べないよッ!」
俺とセピリアの間でバチバチと火花が散った。
低レベルな喧嘩を止めたのはベンジャミンである。
「あー、はいはい喧嘩しなーいの。若人達よ、元気が有り余ってるのは良いことだが、無駄な争いに使うのはダーメ。お兄さん、白兎さんの言ってることは本当だよ」
言われた俺は、ばつの悪い顔で早々に手を引いた。
ベンはウサ耳フードを逆立てて威嚇しているセピリアの頭をぽんぽんとした。
「白兎さんもぉ、彼はこちらの世界をまだ良く知らないんだよ? もっと簡単ななぞなぞにしてあげなきゃ可哀相だろう? ね??」
セピリアはうーと唸った後、ぱっと思いついたように顔を輝かせた。
セピリアは指を三本突き上げる。
「あ、じゃあ第三問っ! 進めば進むほど、迷っちゃう場所は何処でしょう~!?」
嬉しそうに、相手はわくわくと俺達を期待の眼差しで見ていた。
俺は今度こそ無視を決め込んだ。
グレイは腕組みしながら考え、歩いている。
ベンは余程その問題が簡単だったと見えて、にこにこと言った。
「それならきっとわかっちゃうね!」
グレイは異を唱えるように、ベンとセピリアを見つめた。
「全然わからないのだガ」
セピリアはくりくりした目でグレイの顔を見上げた。
「え、全然!? ホントに? これっぽっちも露ほども微塵も思いつかないの!? あれだよ、あれ」
「あれ、と言われてもネ~……」
グレイは珍しく困ったように笑っていた。
その遣り取りを聞きながら、微かに首を捻った。
俺もこいつ同様、さっぱりわからない。
セピリアは笑顔で、先頭の俺に並んで聞いてきた。
「テオはどっ??」
俺は軽く両手を上げてみせた。
「降参だ」
「じゃ、教えたげるね!」
うふふ~☆ と上機嫌で笑って、白兎はたたたっと駆け出す。
俺達が立ち止まる中、セピリアは前方にぽっかりと出現した遺跡の入り口に立って、それを示すように大きく両手を広げた。
セピリアは元気良く叫ぶ。
「正解は、じゃじゃーんっ! 『迷いの宮(パズル・パレス)』だよ!」
『迷いの宮』というのは文字通り、入り組んだ迷路状の遺跡だった。
灰石のブロックを敷き詰めた床には古代樹の根が絡みつき、壁にはまるでカーテンのように緑の蔦が這っている。
立ち並ぶ奇妙な彫像の間を抜けると崩れかけた階段があって、その先に台座が見えた。
行き止まりだ。
「ありゃ? おっかしいなぁ」
道案内のベンが行き止まりの壁にぺたぺたと触れて、そんな声を漏らした。
此処までは涼しい顔で案内してきた癖に、何やら慌てているようだった。
俺は階段の下から不安げにベンを見上げた。
「まさか道間違えたんじゃねえだろうな?」
「そっ、そっ、そんなはずないだろ! こう見えてオジサン、記憶力は良いんだぜい!?」
顔を引き攣らせてベンは笑った。
……何だかますます不安になってきたな。
後ろから来たグレイが、俺を見て言った。
「向こうも、これと言って道らしい道はなかったヨ、テオドア君。やはりこの場所に行き着いてしまウ」
グレイと共に台座近くの男を見上げれば、ベンは困り果てたように肩を落とした。
彼の呟きが微かに聞こえる。
「……道が、変わっている……?」
ちょうど気楽そうに歩いてきたセピリアが、ぴょんぴょんと階段をのぼりながら言った。
「え、何なに? 『歪み(ディストーション)』??」
セピリアが台座に寄り掛かるようにベンの方へ身を乗り出した。
その瞬間、がこん、という不吉な音。
台座がずれた。
と言うか、それ以前に俺とグレイの足元の床が……消えた。
「ぅお!!??」
「なッ!!??」
ふわっと嫌な浮遊感の後、俺達はそのまま真っ逆さまに奈落の口に転落した。