木陰から出た瞬間、眩しい太陽の光に視界が奪われる。
本当に良い天気だった。
そして再び聞こえるあの声。
「あー! 黒いドードーだぁ!」
「誰が黒いドードーだ、馬鹿セピリア」
白い変人が、黄緑のドードーを撫でていた。
セピリアは言う。
「あー! テオだぁ!」
「訂正すんのかよッ」
「ドードーがテオを連れて来てくれたんだね。ドードーは頭が良いねぇ、偉い偉い」
俺の言葉などこいつの耳には届かないらしく、セピリアは俺の突っ込みをいとも簡単に流す。
もはや黙殺のそれに近い。
眩しい光に慣れてくると、目の前に巨大な湖が広がっていることに気づいた。
青い空を映した湖面が波立つたびに、白い光が四方に散る。
その様は、魚の鱗が光を乱反射するのに似ていた。
湖もまた、森に囲まれていた。
この森は疎らなわりに、俺の想像する以上に広大らしい。
俺はセピリアの方を向いた。
「グレイは如何した? 一緒じゃないのか??」
セピリアはと言うと、ドードーに乗っかってきゃっきゃと言っている。
「え? ああ、グレイなら魚釣りに行ったよ」
「阿呆かあいつは」
「因みに状況把握にもってこいの『情報』という魚を釣ってるんだヨ、オレは」
振り向くと赤猫がいた。
相も変わらず、ふらふらと呑気に歩いて来る。
俺はグレイに尋ねた。
「此処は何処なんだ?」
グレイは肩を竦めて言った。
「見ての通り、森サ」
「『オールドワーズの森』だよ!」
セピリアが訂正した。
聞き慣れぬ言葉に眉を顰める。
「オールドワーズ??」
俺の言葉にセピリアは、嬉しそうにドードーの上で両手を天に突き上げた。
「そうっ、オールドワーズ! コーカス・レースの始まり始まりィ! レース大好き! ドードー速いぞ、きゃっほー☆」
まるで要領を得ない言葉で、白い子供は叫ぶ。
溜め息をつき、グレイに向き直った。
「翻訳してくれないか、コーカス・レースって何だ?」
グレイは、はしゃぎ回るセピリアを見て苦笑した。
「コーカス・レースっていうのは、其処の鳥……ドードーなんかに乗って速さを競うレースだヨ。もっと向こうに、レース会場があるのサ。人もいたヨ。とりあえず、そのレース会場へ歩きながら話そうカ、テオドア君」
俺は頷いて、グレイに従った。
俺達が歩き出すと、黄緑のドードーはつぶらな瞳で俺を見て、セピリアを乗せたままついて来た。
グレイが口を開く。
「アンタとはぐれてた間、オレ達はレース会場近くにいたんダ。ちょうどそのレースがおこなわれる週に当たったみたいで、なかなか賑わっていたヨ。で、此処からが重要。レースの賞品はズバリ、何でしょウ?」
グレイは人差し指を立ててにんまりした。
俺には、皆目見当もつかなかった。
如何して『歪み(ディストーション)』を探しているのに、レースの話をするんだ。
俺の表情に、相手は猫のように意地悪い顔で言った。
「時間切れ」
「焦らさないで早く言えよグレイ。降参だ。全然わからねぇ」
素直に両手を軽く上げれば、赤髪の青年は再び丁寧に説明を始めた。
「レースの一等賞品はズバリ『歯車』なのだヨ、テオドア君。レースで優勝すれば、万事解決というワケ」
思わず、納得して頷いていた。
「これで話が繋がったわけだな。しかし、グレイ。そんな簡単に言えることでもないだろう? 確かに優勝すりゃ良いかもしれないが、俺達は余所者だし、大体レースに参加するドードーもいない」
「この子がいるじゃんっ」
後ろでそんな声がした。
振り返る前に、「はっ!」という掛け声と共に黄緑が俺達を追い抜かしていく。
俺の数歩前を歩くドードーに跨り、セピリアは振り向いた。
「この子でレースに参加すれば良いよ。正直キミを探している時にね、ドードーも探してたんだよ。野生の奴、捕まえようと思って。でもキミがちょうど持ってたから、まさにお誂え向きだ。ねー、チャールズ!」
セピリアの声に、ドードーは甘えたように「グぅーッ」と鳴いた。
俺は微かに首を振ってやる。
「こいつ、他人のもんだぞ。ていうか、何だよチャールズって?」
こいつの名前か?
今、勝手に名付けただろ?
俺の声にセピリアはひょいと反対向き、つまりドードーの背の方を向いて跨り、にっと笑った。
「キミが連れて来たんだから、チャールズはキミのものだよ。だってドードーはね、認めた人にしかついてかないんだからね」
俺の世界の常識では、つまりそれを窃盗と呼ぶ。
俺はセピリアとドードーを交互に見た。
こいつらの常識は、何と言うか理解し難い。
良いのか、勝手にそんなことをして??
「セピリア、俺は……」
抗議しかけたところで、ドパーンドパーンと上空に花火が打ち上がった。
タイミングが良いのか悪いのか、その音に俺の声は儚くかき消される。
セピリアは跳び上がって、ドードーの背に正面向きに跨り直した。
「うわあ! 花火だぁ! チャールズ、駆け足!」
「クワッ、クワッ」
セピリアの言葉にドードー……チャールズだっけか?
そいつは高らかに鳴いて、ばひゅーんと駆けていった。
遠くの方で「いやっほーう☆」というセピリアの声がして、土煙を上げるドードーがレース会場の入り口をくぐっていくのが見えた。
全然、人の話を聞いていない。
「ったく、あンの野郎……」
俺の呟きに、グレイは朗らかに笑った。
「元気なことだねェ……。ま、こうなったからには流れに身を任せるんだナ、テオドア君。さあ、オレ達も急ごうカ。善は急げって奴サ」
俺は帽子を押さえて言い返す。
「どちらかと言えば、急がば回れ、だ」