『正しい』答えは、おまえがめよ

 

 

13.水はものを謂う

 

 

スカイ=ブルーを探して城の大扉をくぐったところで、騒ぎ立てる誰かの大声が耳を貫いた。

 

 

 

「だからッ、何でもないって言ってるでしょッ!」

 

 

 

見れば、当の本人であるスカイ=ブルーだ。

紫色のストレートの髪を揺らした姉を睨みつけている。

 

 

 

「何が『何でもない』ですか! 不満があるなら言いなさいなッ!」

 

 

 

睨まれたヴァイオレットは、水色のウェーブのかかった髪を振る妹に一歩詰め寄った。

 

これは……この状況は。

 

俺は、帽子を押さえて呟いた。

 

 

 

「姉妹喧嘩って苦手なんだよな、俺」

 

 

 

セピリアは不安げに笑い、こちらを見上げた。

 

 

 

「そんなことゆってる場合じゃないよテオ。早く止めなきゃぁ……」

 

 

「大体ねぇ!」

 

 

 

スカイ=ブルーも姉に一歩詰め寄る。

 

 

 

「いつもいつも私を子供扱いするじゃない。嫌なの、それ! わっ、私がネックレスをつけようとつけまいと、私の勝手じゃない!」

 

 

「まあ! 随分ですこと!」

 

 

 

ヴァイオレットが両手を腰に当てて怒る。

 

 

 

「子供扱いなんかしていなくてよ。スカイが言いたいこと言わないからじゃないですか! わたくしに何か不満があるから、ネックレスをしなくなったんでしょう!? 捨ててしまったんでしょうッ!?」

 

 

「すっ、捨ててないわよ! 失くしても……ないんだから! 言いがかりはヤメテ!」

 

 

 

ヴァイオレットの言葉に必死に反論したものの、スカイ=ブルーの顔色が一気に悪くなったのが此処からでも窺えた。

当たり前だ。図星をつかれたら、誰だって動揺するだろう。

 

スカイ=ブルーは冷や汗をかきながら姉に指を突きつけた。

 

 

 

「ヴァイオレットは如何なのよ!? ヴァイオレットだって、ネックレスをしてないじゃない! 捨てたんじゃないのォ?」

 

 

 

思わぬ反撃に、今度はヴァイオレットの方が青褪めた。

ヴァイオレットは妹から一歩、後ずさる。

 

 

 

「すっ、捨ててません! そっちこそ、言いがかりはよしてください!」

 

 

 

スカイ=ブルーは意地悪く言った。

 

 

 

「じゃ、何処にあるわけ?」

 

 

「それは……」

 

 

 

ヴァイオレットは困ったように俯いた。

一生懸命言いわけを探しているのか、紫眼があっちこっちへ泳いでいく。

しかし、徐々にその目いっぱいに涙が溜まり始めた。

如何しても言葉が見当たらなかったらしい。

 

そんな様子に耐え兼ねたのか、妹がわっと泣き出した。

こちらはこちらで罪悪感に押し潰されてしまったらしい。

 

 

 

「何よ! 何でヴァイオレットがそんな顔するのよ! 如何せヴァイオレットなんか私のこと邪魔だと思ってるんでしょう!? 私のことなんて如何でも良いんだ!? もういい! ヴァイオレットなんか嫌い!」

 

 

 

くるりと踵を返して、スカイ=ブルーは大声で泣きながら階段を駆け抜けていった。

妹が見えなくなった瞬間、姉もわっと泣き崩れる。

 

 

 

「スカイのばかあ! うわああああああん!」

 

 

 

俺は身を縮めて、首を横に振った。

 

 

 

「おいおい……」

 

 

 

セピリアは珍しく笑いを引っ込め、言った。

 

 

 

「今こそ誤解を解く時だよ。此処も此処で歪みまくりだぁ……喧嘩する家族なんてね、最低なんだよ。何て醜い。見苦しい。テオドア、キミはスーちゃんをお城のバルコニーまで連れて来てよ。僕はヴィーちゃんを何とかするからさ」

 

 

 

セピリアの纏う空気がいつものそれとはまるで違って、思わず姿勢を正した。

 

 

 

「わかった」

 

 

 

頷くと、セピリアは「任せたよ」と微かに笑って、泣きじゃくるヴァイオレットの方へ歩いていった。

その背中を見送った後、俺は階段へと急いだ。

 

早くあのどたばた姫を見つけなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人気のない廊下で、膝を抱える人魚を発見した。

 

靴音に反応して、スカイ=ブルーは微かに顔を上げた。

泣き腫らした目でこちらを見上げ、彼女は弱々しく笑う。

 

 

 

「酷いところを見せてしまったわね……」

 

 

 

スカイ=ブルーは黙っている俺から視線を外し、呟いた。

 

 

 

「……ごめんね……」

 

 

「謝る奴、間違えてるんじゃねえか?」

 

 

 

言えば、人魚は驚いたようにこちらを凝視した。

俺は、スカイ=ブルーの前に立ったまま続ける。

 

 

 

「謝りたいのは、俺じゃねえだろ」

 

 

「…………」

 

 

 

スカイ=ブルーがぼろぼろと涙を流した。

俺はそのまま相手の前に座り込んだ。

 

ポケットを探る。

 

取り出したのは、あの紫石のネックレスだった。

 

 

 

「ほらよ。ちゃんと見つけてきた」

 

 

 

俺の手の中でネックレスがきらりと輝いた。

 

その輝きを見て、相手はいよいよ号泣する。

 

 

 

「……私っ」

 

 

 

紫石を両手で握り締めて、スカイ=ブルーは吃逆をあげる。

 

 

 

「私、私が悪かった……のに。後ろめたくて、またヴァイオレッ……酷いこと言っちゃっ、て……。きっともう遅い。きっと……許してくれ、ないわ。だって」

 

 

 

俺は黙って続きを促した。

スカイ=ブルーはぐしゃぐしゃと顔を拭いながら言った。

 

 

 

「だって、ヴァイオレットは、私のこと嫌いだっ……もん……ふえっ……ふえええ……」

 

 

 

子供のように両手で顔を覆う相手を見つめ、息をついた。

泣いている相手と話す時はまず、相手に全ての言葉を吐き出させることから始まる。

これは今終わった。

 

だから次は、俺の番なのだと思う。

 

俺は、人魚が握り締めているネックレスを指差した。

 

 

 

「これ、何処に在ったと思う?」

 

 

「え……?」

 

 

 

意味がわからないのか、スカイ=ブルーは涙でいっぱいの目で俺とネックレスを交互に見た。

構わず言う。

 

 

 

「『湖の墓場』だ」

 

 

 

スカイ=ブルーの目が見開かれた。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

如何やら心当たりがあるらしい。

俺は言った。

 

 

 

「俺の知り合いに姉妹がいてな。妹が『湖の墓場』で迷子になったんだと。姉は自分の言葉の所為だと思ってな、それはそれは必至で妹を探したんだ」

 

 

「……」

 

 

「おばけくじらに出会って、その姉はネックレスを食べられちまったんだが、それでも。……妹を探して」

 

 

 

スカイ=ブルーは息を飲んだ。

俺は、彼女の顔を見て続けた。

 

 

 

「ずっとおまえのこと気に掛けてたぜ? その迷子の件で、自分のこと嫌いになったんじゃないかって泣いてた。だからネックレスをしなくなったんじゃないか、ってな。……本当に嫌いな奴を、さ、そんなに必死に探すか? 本当に如何でも良いと思ってる奴のために、泣いたりするか??」

 

 

 

もうわかるよな、と俺は立ち上がる。

俺の言葉に、相手は唇を噛み締める。

俺は、スカイ=ブルーを振り返って言った。

 

 

 

「『正しい』答えは、おまえが掴めよ」

 

 

 

スカイ=ブルーは手の中のネックレスをぎゅうと握り締め、立ち上がった。

 

清々しい表情で、彼女はこちらを見上げて言う。

 

 

 

「……謝りに行ってくる」

 

 

 

その言葉ははっきりとしていて、力強かった。

 

俺は微笑んで帽子を取った。

芝居がかったように一礼してみせ、言う。

 

 

 

「それでは、まいりましょうか姫」

 

 

 

俺の差し出した手を、スカイ=ブルーはしっかりと取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルコニーには既に白兎と紫髪の人魚がいて、俺達の到着を待っていた。

セピリアは嬉しそうにぶんぶんと手を振っていたけれど、ヴァイオレットはと言うと、ふいと顔を背けてしまう。

 

セピリアの隣で立ち止まると、スカイ=ブルーはおずおずとヴァイオレットに近づいた。

 

 

 

「ヴァイオレット……」

 

 

 

双子の妹に声を掛けられ、ヴァイオレットは気不味そうに相手に向き直る。

 

 

 

「スカイ……」

 

 

 

互いに見つめ合った瞬間、スカイ=ブルーは堰を切ったように泣き出した。

 

 

 

「私が悪かったの! 私、本当はネックレスを失くしちゃってたの! ずっと言えなくて……それで……ヴァイオレットの所為じゃないのよ! ごめんなさいッ……ごめんなさい……」

 

 

 

わんわん泣く妹につられたのか、姉も大粒の涙を零して首を振った。

 

 

 

「わたくしの方こそ……わたくしの所為で怖い思いをさせてしまって、ずっと謝りたかった。ごめんなさい……。嗚呼……嫌われたのではなかったのですね? わたくし、ずっと心配で……」

 

 

「嫌いじゃないッ! 嫌いなわけないでしょ!」

 

 

 

スカイ=ブルーは姉に飛びついて、相手の首に腕を回して抱きついた。

 

 

 

「私達、双子でしょ。代わりなんていないの。……ほら、テオドアが私のネックレス見つけてくれたのよ」

 

 

 

紫色に光るネックレスを見て、ヴァイオレットの顔が綻んだ。

 

 

 

「嗚呼、懐かしい……たった数日見なかっただけなのに、ね」

 

 

 

スカイ=ブルーも姉から身を離して可笑しそうに笑った。

 

 

 

「何だか馬鹿みたいに喧嘩しちゃったわね……ふふふ」

 

 

 

互いに笑みを零し合う姉妹の周りの水が、温かみを帯びたような気がした。

 

その様子にやれやれと苦笑して、隣のセピリアを見下ろした。

 

 

 

「一件落着、ってか?」

 

 

「そのようだねぇ」

 

 

 

 

セピリアも満足げに目を細めかけたが、次の瞬間、唐突に「あー!」と大声をあげた。