「なぁ、スカイ=ブルー」

 

 

 

前を泳ぐ人魚に声を掛けると、人魚は水を蹴って俺の周りを一周しながら言った。

 

 

 

「あらやだ、スカイって呼んでよ。その方が嬉しいわ」

 

 

 

にっこりするスカイ=ブルーに、素直に言い直してやった。

 

 

 

「スカイ、そもそも俺は何を手伝えば良いんだ? 仲直りッつっても、俺は喧嘩の経緯を知らねぇし」

 

 

 

俺の言葉に相手は頷いて、頭の冠をちょっと直した。

 

 

 

「あのね、テオドア。私達、双子なのね。だからお互いの好きなもの嫌いなもの全部わかるのよ。ずっと喧嘩なんかしなかった。する必要ないんだもの。とっても仲が良かったの」

 

 

 

おずおずとスカイ=ブルーは続ける。

 

 

 

「私達、誕生日にいつもプレゼント交換をするんだけど、特にネックレスがお気に入りでね。毎日お揃いで誕生日に交換したネックレスをしてたのよ。でもある日、私、ネックレスを失くしちゃったの……本当に何処を探しても見つからないの。失くした覚えもなくて」

 

 

 

しょんぼりとスカイ=ブルーは項垂れる。

俺は黙って続きを促した。

 

スカイ=ブルーは街を泳ぎながら、俺を先導してくれた。

 

 

 

「こっちよ。……それでね、ヴァイオレットがパーティーの日に一緒にネックレスをつけようって言い出して、……当然失くしたなんて言えないじゃない? 何も言えなくってヴァイオレットを怒らせちゃったの……ぐす……私、思わず『大嫌い』って言っちゃった。ふえ……ふえええ」

 

 

 

再び号泣し始めたスカイ=ブルーを、街の人魚達がぎょっとしたように見て、続いて俺の方に疑惑の目を向ける。

 

肩身の狭い思いで、帽子を深く被った。

 

 

 

「あ、あんまり泣かないでくれ。ちゃんと手伝ってやるから……っ!」

 

 

 

ぎこちなく相手の目尻に溜まった大粒の真珠を拭ってやると、スカイ=ブルーは吃驚したように目を見開いた。

続いて夢見る乙女のようにうっとりと言う。

 

 

 

「優しい人って好きよ」

 

 

 

俺はいよいよ背中に刺さる男の人魚達の嫉妬の目に、首を縮めた。

まじで勘弁してほしい。

姫君ほど扱いに困る相手はいなかった。

 

俺の表情など微塵も気にせず、スカイ=ブルーはころっと笑った。

 

 

 

「じゃ、お願いを言うわねテオドア。まず、失くしたネックレスを探してほしいの。たぶん城か城下町の何処かにあるはずよ。せめて何か知ってる人でも良いから、見つけて。次に、ヴァイオレットを城のバルコニーに連れて来てほしいの。謝りたいから……」

 

 

「わかった」

 

 

 

頷いたところで、スカイ=ブルーが止まった。

話しているうちに俺達は街を抜け、巨大な城の大扉の前に到着していたのだ。

 

近くで見ると、その城の白い壁が珊瑚であることに気がついた。

桃色の貝で扉の上に紋章が描かれている。

まるで芸術品のような外観に、しばし見惚れた。

が、それも束の間、歩き出した俺に扉の前の兵士が反応した。

 

門番のように兵士ふたりが三つ又の矛を俺に向かって交差させたところで、スカイ=ブルーが慌てたように手を振った。

 

 

 

「待って待って! 彼は私の友人! 通してあげてよ」

 

 

 

鶴の一声と言うか、姫の一声で兵士達は鱗をあしらった兜を下げて一礼し、無言で矛を引いた。

感心する俺に、スカイ=ブルーはにっこりした。

 

 

 

「さ、行きましょ! 城内の人には私から声を掛けといたげる。パパとママにもね。皆、協力してくれるはずだけど、私がネックレスを失くしたことは内緒にして? ね??」

 

 

「ああ」

 

 

 

俺は扉をくぐりながら応じた。

そりゃわざわざ見知らぬ俺に協力を願った意味を考えれば、当然のことだ。

 

如何してもネックレスを失くしたことを姉の耳に入れたくないらしい。

 

スカイ=ブルーは軽く手を振りながら言った。

 

 

 

「それじゃ、また後でねテオドア。私、自分の部屋をもう一度探すから!」

 

 

 

どたばた姫が去ると、俺は溜め息をついて城を見回した。

 

 

 

「…さて、何処から探すかな」

 

 

 

だいぶ大仕事になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず俺は、城の最上部の玉座の間から下に下りていく形で、ネックレスの行方を捜した。

廊下、幾つもの客間、厨房……見つかる気がしねえ。

 

脇腹を押さえ、近くの石像に手をついてぐったりとした。

 

 

 

「どんだけ広いんだこの城は」

 

 

 

俺の呟きは廊下の向こうに消える。

 

人の気もなくしんとした廊下でしばらく休んでいると、不意に誰かの話し声が耳に飛び込んできた。

否、さっきからこんな声はしていたのだろうが、休むことに精一杯で聞いていなかったのかもしれない。

 

 

 

「もう駄目ですわ……わたくし、ネッ……ス……」

 

 

 

よく聞き取れないが、随分と涙声だった。

するとそれを誰かが慰めている。

 

 

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。僕……せて……探……」

 

 

 

聞き間違いようがない。

明るい……と言うかむしろ能天気過ぎる毎度お馴染みのあいつの声だった。

 

俺は勢い良く立ち上がった。

 

そしてそのまま、何も考えずにずんずんと廊下を進む。

話し声はどんどん大きくはっきりとして、遂に話している本人達の姿まで確認できる距離に来た。

 

其処は大きなバルコニーだった。

淡い青を背景(バック)に白いウサフードのチビと浅紫色の髪の人魚が話し込んでいる。

 

俺は動く足を止めずに大声で言った。

 

 

 

「おい、チビ!」

 

 

 

悲しきかな、すぐさま反応するあいつ。

 

 

 

「誰がチビだあッ!」

 

 

 

ぐわっと凄い勢いで振り返ったあいつはやっぱりいつも通りで、思わず顔が綻んだ。

が、そんなふうに安心するのも癪なので、わざと怖い顔をしてやった。

 

 

 

「本っ当テメェは何から何まで俺を振り回してくれるな! テメェのお陰でいい迷惑だ小僧……」

 

 

「あー! テオだぁッ! 三日と十一時間ぶりィ!」

 

 

 

俺の声はあっさりとセピリアの声にかき消された。

セピリアはまるで主人を見つけた犬のようにすっ飛んできて、俺の腰に飛びついた。

幾らこいつが超軽量級とは言え、その勢いに少しよろける。

 

 

 

「あのな……三日と何時間も経ってねえだろ。こっちの時間は如何なってんだ」

 

 

 

思わず呆れれば、セピリアは思い出したように目を吊り上げた。

 

 

 

「会えて嬉しいけど、さっき僕のことチビってゆったよね!? チビってゆわれたから、やっぱり嬉しくないんだよ。チビを除けば、会えて嬉しいんだけどね。チビっていう暴言で嬉しくないの三乗プラス嬉しいの二乗だから、嬉しくない」

 

 

「相変わらずテメェはわけわかんねぇ」

 

 

 

小さい相手の頭をぺしぺししていると、浅紫の髪の人魚は恐る恐るこちらを見て言った。

 

 

 

「どっ、どなたですの……?」

 

 

 

セピリアは俺からあっさり離れて、笑顔で答えた。

 

 

 

「テオだよ。僕の友達!」

 

 

 

これまたあっさりと俺を友達だと言い切った。

 

俺は内心どんよりとした。

一度はこいつを国に突き出そうとすら思った俺を、こいつは何の疑惑も打算もなしに信用する。

 

胸に湧くこの気持ちは、罪悪感だったのかもしれない。

 

人魚はゆっくりと表情を緩めた。

 

 

 

「まあ、白兎様のご友人ですか。これは大変失礼しました。わたくし、此処ティアリ―シルクの姫、ヴァイオレットと申しますわ」

 

 

 

人魚もといヴァイオレットは丁寧に一礼する。

これが、さっきスカイ=ブルーの言っていた双子の姉か。

俺も帽子を取って応える。

 

 

 

「俺はテオドア。このチビが世話んなってて申し訳ない」

 

 

「チビじゃないやい!」

 

 

 

セピリアが傍らで飛び跳ねて口を挟む。

ウサ耳フードの鈴が、煩いくらいに自己主張した。

 

ヴァイオレットは上品に笑った。

 

 

 

「テオドア様、むしろわたくしの方が白兎様のお世話になってますのよ。今だって……」

 

 

 

口籠って不意に、相手はぼろぼろと涙を零した。

驚くほど、どっかの誰かに似ている。

 

 

 

「今だって、相談を……嗚呼! もう駄目ですわ! 絶望ですわッ!」

 

 

 

号泣する人魚に、俺は顔を引き攣らせる。

 

デジャヴだろ、これ。

 

さめざめと泣くヴァイオレットの肩を抱いて、セピリアが俺を見た。

白兎は冷笑だ。

 

 

 

「あーあ……テオったら、こんなに泣かせて……」

 

 

「俺かよ! 何、勝手に俺が泣かせたような空気作ってんだよ!」

 

 

 

セピリアに指を突きつけて叫んだ後、気を取り直しておずおずとヴァイオレットに聞いてみた。

 

 

 

「泣いてちゃわからねえだろ? 何があったのか、話してくれないか?」

 

 

 

ヴァイオレットはセピリアの肩に顔を埋めて、唯、身体を震わせ泣いている。

セピリアは素晴らしい能天気さで説明を始めた。

 

 

 

「ヴィーちゃんは妹のスーちゃんと喧嘩中なんだよ」

 

 

 

知っていた事実ではあったが、頷いて続きを待つ。

セピリアは言った。

 

 

 

「ヴィーちゃんとスーちゃんはお揃いのネックレスをしてるんだけどね、ある日スーちゃんがネックレスをしなくなっちゃったの。だから、ヴィーちゃんはスーちゃんに嫌われたんじゃないかと思ったんだってさ」

 

 

「心当たり、あるんです……」

 

 

 

ヴァイオレットが浅紫のストレートの髪を振って、か細い声で言った。

 

 

 

「わたくし、スカイにおばけくじらの話をしたんですのよ。ああ、おばけくじらというのは『湖の墓場』に住む大きな鯨のことなんですけれど。おばけくじらの鼻に触ることができたら勇気があるって、冗談で言ったんです。そしたらあの子、本当に『湖の墓場』へ行って……迷子になって、それはそれは怖い思いをしたんです。……わたくしの所為だわ……」

 

 

 

ヴァイオレットは唇を噛み締める。

 

 

 

「だからネックレスをしなくなったんじゃないか、って。……それが悲しくてついスカイに『大嫌い』と言ってしまったんです」

 

 

「あ~~~~っと……ちょっと待ってくれ」

 

 

 

俺は頭を押さえて、相手に待ったを掛けた。

セピリアとヴァイオレットはきょとんとした。

そんなことに構うことなく、今の話を反復して頭の中を整理する。

 

姉は自分の所為で嫌われたから、妹がネックレスをしないのだと思っていて?

 

妹はネックレスを失くしたことに罪悪感を覚えて、姉に何も言えないでいる?

 

つまりあれか??

 

 

 

(勘違い、か?)

 

 

 

言葉が足りない所為で、すれ違っているのか?

 

俺が結論に至り顔を上げるのと、セピリアがヴァイオレットに話し掛けるのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

「まーまー、安心しなよ。ちゃあんとスーちゃんに謝れば、スーちゃんだってわかってくれるって。だからまずは、ヴィーちゃんのネックレスを取り返しに行こうぜ☆」

 

 

「おいセピリア、ちょっと話が……」

 

 

「僕がおばけくじらちゃんをぶっ飛ばしてあげるからね」

 

 

「おい!」

 

 

「ん? あ、そぉだ! ちょうど良いや、テオも手伝ってよ。うんうん、それが良いそれが良い。んじゃ、ヴィーちゃん。行ってきます」

 

 

 

俺のことを綺麗に華麗に無視して、セピリアは俺の腕を掴んで歩き出した。

 

このヤロウ……一度で良いから俺の話を聞けよ!

 

遠ざかる俺達にヴァイオレットは不安そうに手を振った。

 

 

 

「おふたりとも、お気をつけて」

 

 

 

ちっとも話が見えねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ちょっ……ちょっと待て!」

 

 

 

しばらく廊下を引きずられてから、やっとセピリアの手を振り払う。

白兎はまるで悪びれることなく首を傾げた。

 

 

 

「なーに??」

 

 

「あ、あ、あのな! 色々てめぇに言うことはあるけどな!」

 

 

 

まずどれから言うべきか悩みに悩んで、俺はびしぃっと相手に指を突きつけた。

 

 

 

「人の話を聞けッ!」

 

 

「うん」

 

 

 

俺の主張に、白兎は真顔で呆気なく普通に頷きやがった。

 

思わす絶句した。

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「…………」

 

 

「…………え、ちょっとテオ。話があるならさっさと言えよ。僕、忙しいんだから」

 

 

 

もう何なんだよこいつは。

俺は投げ遣りに思った。

今の一瞬で言いたいこと全部忘れちまったじゃねぇか。

 

脱力した後、仕方なく相手に尋ねてみた。

 

 

 

「……おばけくじらをぶっ飛ばす、って何だ?」

 

 

 

セピリアは階段を下りながら言った。

 

 

 

「迷子になったスーちゃんを探してた時、ヴィーちゃんてば、おばけくじらちゃんに会っちゃってネックレスを食べられちゃったんだよ。だから、返してもらいに行くの」

 

 

 

成程、姉妹揃ってネックレスを失くしているわけか。

俺は溜め息をついた。

 

兎にも角にも、俺が知っている食い違いをこいつに説明しなければなるまい。

 

そう思いながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「なあ、セピリア。ネックレスのことなんだが、実は……」