相手の態度に舌打ちし、正面の一際高い位置に配置された席に目を向けた。

 

『所謂らない』、上座だ。

 

議長席には俺の知らない男が座っていた。

まだ若い。

俺より幾数か年上だろう。

 

議長席の男はレッド隊長の言葉を流し、こちらを見下ろした。

男の湖面のように静かな瞳が俺を凝視している。

 

 

 

「銃使い、己が罪を自覚しているか?」

 

 

 

俺は後ろで手を縛られたまま、しっかりと立った。

そのまま胸を張って、議長席の男を見上げ言う。

 

 

 

「自分のしたことくらいわかってるね。だが、後悔しちゃいない。俺は昔、其処の席にふんぞり返って座っていやがった大臣を引きずり下ろした。……てめぇは如何なんだよ、議長サン? てめぇも含め、この如何しようもなく下らねえ議会が師匠(せんせい)を殺した。何の関係もないあの人を……。それは罪にはならないってか??」

 

 

 

だんっと片足を床に振り下ろした。

周りの兵士が一歩退いた。

 

俺は声を荒げ、男を睨みつけたまま吼え猛る。

 

 

 

「国が人を殺せば、それは大儀だって言うのか!? 師匠の命よりあの大臣の命の方が重かったって言うのかよ!?!? 答えろ!!!」

 

 

 

男は何の表情の変化も見せず俺の目をじっくり見ていたが、しばらくした後、整った顔を微かに逸らして声を漏らした。

 

 

 

「っくくく……ふ、成程な」

 

 

「何が可笑しいッ!」

 

 

 

飛びかかろうとする俺を、兵士達が数人がかりで押さえにかかる。

 

議長席の男は再び無表情に戻ると、周りの役人達に向かって宣言した。

 

 

 

「この裁判は閉廷する。この罪人は今、裁くべきではない」

 

 

 

室内が煩いほど騒めいた。

皆、困惑しているようだった。

勿論、俺も含めて。

 

俺にはこの男の意図が全くわからない。

 

レッド隊長が勢い良く立ち上がってあたふたする。

 

 

 

「なっ、なななな何を仰いますラスト様!? この者はかの凶悪な……」

 

 

「レッド隊長」

 

 

 

遮るようにラストと呼ばれた男は立ち上がりがけに言った。

 

 

 

「『今』裁くべきではない、と言った。何か説明提示を求める者は、後で私の執務室に来たまえ。その一切の責任を私が持つ。嗚呼、来たかフロランタン」

 

 

 

誰かの気配に視線を動かせば、俺の隣にこの部屋に似つかわしくない少女が立っていた。

少女は青い兎のぬいぐるみを抱いたまま、つぶらな瞳で男を見上げて言った。

 

 

 

「遅くなった、ラスト。残念ながら取り逃がした。……あなたが言っていた手懸かりとは、この男のことか??」

 

 

 

少女は不思議そうに俺を見る。

見た目と裏腹な会話内容に面食らった。

俺のことなど気にせず、男は頷いた。

 

 

 

「そうだ。しかし、なかなか上手くゆかぬものだな。……さて、レッド隊長。銃使いを連れて来たまえ。フロランタン、話の続きは向こうで、この男も交えておこなおうではないか」

 

 

「文句もないな。……其処の」

 

 

 

少女は隊長を示す。

指名されたレッド隊長は跳び上がって、すぐさま敬礼した。

 

 

 

「はっ、レッド隊長でありますエイダ様」

 

 

 

少女の眉が吊り上がった。

 

 

 

「そんなの如何でも良い。こんなに兵士は要らない。あなたひとりでこの男を連れて行きなさい」

 

 

 

ばしりと少女は言う。

レッド隊長は可哀相なほどににしょんぼりとした。

 

 

 

「はっ、はい。すみません」

 

 

 

ふんと鼻を鳴らした後、少女は改めて俺を見上げて言った。

 

 

 

「ラスト」

 

 

「は?」

 

 

 

まじまじと少女を見つめ返すと、少女は自分の薄青い髪を指で弄りながら笑った。

 

 

 

「ラストを笑わせるとは、なかなかの御人だあなたは」

 

 

 

そう言い残して、少女はくるりと踵を返し、歩き出しながら毅然として言った。

 

 

 

「今日の議会を続けなさい!」

 

 

 

俺達が部屋を出て扉の閉まる重い音が響いた後も、人間の騒めく声は止むことがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡素な執務室に足を踏み入れ扉が閉まった瞬間、男を睨んで言った。

 

 

 

「如何いうつもりだ?」

 

 

 

男はデスクの肘掛け椅子に座り、肩を竦めた。

 

 

 

「まあ、そう急ぐな。レッド隊長、ご苦労。下がってくれ」

 

 

「しっ、しかし……」

 

 

 

隊長は俺を警戒するように見た。

 

ソファに座った少女が溜め息をついた。

 

 

 

「わたし達の力を過小評価するのか? そんな賊ひとりでわたしと? ラストが? 怪我でもすると??」

 

 

 

語尾に微かな苛立ちが滲み出ている。

しかしレッド隊長は此処だけは譲れないのか、再度言った。

 

 

 

「しかしですな! エイダ様、こいつは其処らの賊よりたちが悪いのですぞ!」

 

 

「てめぇも其処らの兵士よりたちが悪ィよ」

 

 

 

ぼそりと言う俺に、隊長が掴みかかる。

 

 

 

「何だと貴様ッ」

 

 

 

レッド隊長が口角泡を飛ばして叫ぶなか、ラストは立ち上がり静かに言った。

 

 

 

「我々のことは心配要らない。が、……そうだな。それでは執務室の前で待っていたまえ」

 

 

 

話も進まぬことだし、と彼は呟き、軽く指を振った。

テーブルの上にティーポットとカップ三つが浮遊して並べられていく。

 

少女が隊長にしっしっと手を振った。

 

 

 

「ほら、ラストが面倒臭がってる! 早く出て行けだって!」

 

 

 

レッド隊長は俺の胸倉から手を離すと、息も荒く部屋を出て行った。

その様子を横目で眺め、男がまた指を振った。

ぱきんと音がして、扉に赤い透明の膜が張る。

 

少女が俺に向かって得意げに言った。

 

 

 

「防音魔法だぞ。外からじゃ壁に耳をつけたって聴こえやしない」

 

 

「茶は如何かね?」

 

 

 

男は淡々とそう勧めた。

俺は両手を縛られたまま、その場で答えた。

 

 

 

「要らない」

 

 

 

少女がとことことこちらへ歩いてきた。

 

 

 

「突っ立ってないで座ったら如何だ? 疲れるぞ??」

 

 

 

そう言って少女は俺の腕を取った。

笑顔で腕を引かれた俺は言葉に詰まる。

 

敵意も害意もない子供を振り払うほどの冷血さを、俺は持ち合わせてはいなかった。

 

しぶしぶながらに従うしかない。

 

 

 

「毒など入っていないぞ?」

 

 

 

男は俺の前のソファに座って、自身で一口飲んでみせる。

俺は男の向かい側のソファに腰掛けながら言った。

 

 

 

「両手を縛られて、如何飲めと??」

 

 

「わたしが飲ませてやろう」

 

 

 

隣に座った少女が無邪気にそう言った。

思わず腰を浮かせた。

 

 

 

「バッ……勘弁してくれよ!」

 

 

「ははははは」

 

 

 

男が上品に口を押さえて笑った。

くそ、何が可笑しいんだよ。

困惑したまま男を見る。

 

……一体何なんだこいつら?

 

この国の政治権力者に違いはないが、俺はこいつらを知らない。

数年前の議会にこいつらの姿はなかったはず。

まるで初対面だ。

 

男はふふふと笑いを抑えつけながら言った。

 

 

 

「いや、すまない。そうだな、本題に入ろうか。とその前に、そなたの名を聞いておこうか銃使い」

 

 

 

俺は、少女に手首の縄を取ってもらいながら黙る。

男はほう、と首を傾げた。

 

 

 

「私から名乗ろうか? 私はラスト・メルヴィス。職は総主大臣と言ったところか」

 

 

「議会を仕切っているのはラストだぞ」

 

 

 

少女はそう付け加えた。

俺は紅茶をすする男、ラストを見、続いて脇の少女を見遣った。

ぬいぐるみを抱き直して、少女はきょとんとこちらを見上げる。

 

 

 

「ん? わたしか?? わたしはエイダ・フロランタン。職は魔法大臣だ。たまに軍の魔法顧問もやるぞ」

 

 

 

俺は少女の頭の天辺から爪先まで見る。

確かに軍服を纏っているが、何処を如何見ても大臣には見えない。

こんな子供(ガキンチョ)にそんな重要な役職(ポスト)を充てて良いのか??

 

……この国の行く末が少し心配になってきた。

 

一抹の不安を察してか、エイダが「あー!」と声をあげた。

 

 

 

「今わたしを見て、何か失礼なこと思ったな!?」

 

 

「別に」

 

 

 

エイダの視線を振り切って、縄跡の残る手首をさすりながらラストに名乗ってやった。

 

 

 

「テオドア」

 

 

 

ラストはカップをテーブルに置いた。

 

 

 

「テオドア、我々と取り引きしないか?」

 

 

 

俺はラストを見る。

 

 

 

「取り引きだと?」

 

 

「そうだ」

 

 

 

ラストも俺を見つめ返す。

 

 

 

「我々は今、魔術開発をおこなっている。機密事項だが、……この世界の魔力は枯渇し始めていてな。魔力を巡って、いずれ大きな戦争が起こるだろう」

 

 

「皆、魔力を欲しがるぞ」

 

 

 

エイダがカップを咥えながら言った。

ラストは続ける。

 

 

 

「その対策として我々は、魔力を永久に生み出す方法を考案した。なかなか現実的な方法なのだが、鍵となる人物が必要でな。魔術開発の成功には、その人物が不可欠だ」

 

 

 

俺は息をついた。

 

 

 

「俺にその人物を探し出せってか?」

 

 

 

意外なことに、ラストは首を横に振る。

 

 

 

「そんな漠然としたことを頼んではいない。既にそなたは、その人物と会っているはずだ」

 

 

 

エイダが笑顔で俺を見上げた。

 

 

 

「白兎だぞ」

 

 

「っ……!? 何だと……」

 

 

 

目を見開く俺に確信を持ったのか、ラストは身を乗り出した。

 

 

 

「会っているな、白兎と」

 

 

 

相手の眼力に思わず身を引いた。

 

 

 

「あいつが、一体何だって言うんだ……何でテメェ、そんなこと知ってる?」

 

 

「それは言えない。何故ならこの取り引きと関係ないからだ」

 

 

 

ラストは俺から視線を外して立ち上がる。

 

相手の目から解放された瞬間、一気に冷や汗が噴き出した。

喉を押さえ、浅く息をする。

 

今更気づいた。

 

 

 

この男は危険だ、と。