「何も知らないのはあなたも同じ。あなたにイーヴィルさんの何がわかるの」

 

 

 

ラビエールは無表情でデスクの男を見る。

 

青蓮は目をギラつかせて口角を上げた。

 

 

 

「続けな」

 

 

「私は確かに何も知りません。でも、イーヴィルさんのところにいるのは、私の意思でもあります」

 

 

 

ラビエールは言う。

 

 

 

「私は世界なんて欲しくありません」

 

 

 

ラビエールは言う。

 

 

 

「興味もありません。手に入れたいのなら、勝手に戦争でもやっててくださいって感じです」

 

 

「なかなか言うじゃねえか、小娘」

 

 

 

満足気に男は腕を組んで、俺を見た。

 

 

 

「如何やら白兎チャンがおれと浮気してくれる余地はなさそうだな、イーヴィル」

 

 

 

俺はホルダーの銃にちらと目を遣りながら応じた。

 

 

 

「当然だ」

 

 

 

青蓮は笑う。

 

 

 

「売る気はないか?」

 

 

「こいつは売りものじゃないんでな」

 

 

「ははは、つくづく気が合わないな」

 

 

 

青蓮が言っている間に、部下の男達が銃に手をかけ始めるのが見えた。

 

もう潮時だ。

 

俺は言った。

 

 

 

「約束を破る気か?」

 

 

 

青蓮は何も言わない。

唯、部下の成すがままに任せている。

 

こいつ、正気なのか。

 

俺はラビエールを引き寄せた。

 

まさかこの少女の前で撃ち合いになるとは。

この一年ちょい、それを避けるために色々と頑張ったっつうのに。

『こういう仕事』をラビの目に触れないようおこなってきた涙ぐましい努力を思い返し、深く溜め息をついた。

 

まじで帰りてぇ。

 

 

 

「青蓮さん、やめてください」

 

 

 

不意に、俺の陰に隠れていたラビエールが言った。

彼女の手はポケットに突っ込まれていて、微かにポケコンの画面から光が漏れていた。

 

青蓮が手を上げて、部下に待ったをかけた。

 

ラビエールは震える呼吸を抑えつけて口を開く。

 

 

 

「警察があなたをマークしておきながらあなたを捕まえられない理由、それは証拠が不十分だからです。決定的な証拠をあなたは彼らに掴ませていない。……先程、私はあなたの会社の貿易記録と社員リスト、貿易ルートを拝見しました。データは電子通信のボックスに仮保存されています」

 

 

 

青蓮は微かに眉根を寄せた。

 

 

 

「……おれの会社のネットワークに入りやがったな…。本当、何処にでも入れるのか。前はその腕に感服したが、今じゃ生かしておくのが恐ろしいぜ」

 

 

 

だから、と男は座ったまま少女に銃口を向ける。

 

俺はさらにラビエールを引き寄せて、銃口から庇った。

彼女は怖いのだろう、微かに身を震わせていた。

 

万事休す、か。

 

少女はぎゅうと目を閉じて叫んだ。

 

 

 

「一五〇ヘルツから二五〇〇ヘルツ、一四〇デシベルの破裂音」

 

 

「ぁあ??」

 

 

 

青蓮が訝しげに顔を歪めた。

わけのわからない少女の言葉に苛ついているようだ。

 

ラビエールは言う。

 

 

 

「銃声です。その電子通信が各地域に一斉送信される引き金となるのが、銃声なんです。例え私が死んでも、この機械を撃ち壊しても、その一瞬で全ての情報が漏れますよ!」

 

 

 

一息に言い切る彼女の言葉は痛快だった。

 

みるみるうちに青蓮の顔が青褪めていく。

それはきっと、相手にとっては悪い冗談に違いなかった。

たった一発、銃を撃つだけでこいつの長年築き上げてきたものが崩壊するのだ。

 

ああ、勝った、と。

 

そう悟った。

 

少女を撃とうと不用意に動いた部下を、青蓮は大声で一喝した。

 

 

 

「やめろ馬鹿者ッ!」

 

 

 

部下のひとりはたじたじと退く。

もう、青蓮の顔に余裕の笑みはなかった。

 

俺はその場から動かず、相手に手を突き出して催促した。

 

 

 

「約束だ、ショウレン。情報を」

 

 

 

相手は忌々しげに舌打ちをして、メモリを放って寄越した。

 

それを俺がキャッチすると、不機嫌そうに青蓮は椅子に沈み込んで言った。

 

 

 

「さっさと失せろ、黒兎! もう懲りたよ。あんたらには手を出さねぇ。というか、今後一切関わりたくねえ。今、心に誓った」

 

 

 

俺はラビエールを抱え込んだまま、歩き出して言う。

 

 

 

「良い心がけだな、貿易王。今回はこいつラビに免じて許してやるよ」

 

 

 

扉に手を掛けた時、デスクの男が思い出したように唸った。

 

 

 

「白兎チャンよぉ」

 

 

「な、何ですかあ!」

 

 

 

半ば威嚇するように小さな少女が一生懸命目を吊り上げると、青蓮は疲れたように笑った。

 

 

 

「最後に教えてくれないかい。あんた、何を望むんだ??」

 

 

 

ラビエールは目を吊り上げるのをやめ、じぃっと相手を凝視した。

 

その瞳に、俺は内心どきりとする。

青蓮も同じことを感じ取ったのか、椅子の上で微かに身を強張らせた。

 

 

時間が氷結した。

 

 

音の死んだ世界で、誰も、何も出来ない。

少女の瞳は、氷でできた鏡のように冷たく、虚ろだった。

 

 

 

 

 

 

わかりませんよ、そんなの

 

(この世界は空っぽです)

(私が欲しかったものは、昔、壊されてしまいました)

(そしてたぶん、もう二度と手に入らない)

(だから手を伸ばすことをやめたんです)