「んっあ、麻……麻桐さっ…」

 

 

 

苦しげに少女が後ろの男に言った。

緑髪の男は、申し訳なさそうに小さく息をついた。

 

 

 

「最初は苦しいですが、そのうち慣れますので。壁に手をついて、力を抜いてくださいラビ」

 

「あぅ…もう、私! ふあぁっん……だめ…あっ! 麻桐さぁん! …っあ、あ」

 

 

 

汗だくの彼女は、びくびくと壁に手をついて喘いだ。

麻桐と呼ばれた男は、眼鏡を押し上げてなだめすかすように言う。

 

 

 

「あと少し、ですから…」

 

 

 

きゅうっと麻桐が手を動かした瞬間、ラビエールは高い悲鳴をあげた。

 

 

 

「やぁあん! 駄目ぇーっ! もう無理ですよう! コルセットなんか、嫌いです―ッッ!!」

 

 

 

断末魔にも似た声に扉が開いて、灰色髪の男が部屋に入ってきた。

 

眼帯を押さえ、彼は心底呆れたようにラビエールと麻桐を見る。

 

 

 

「ったく、ドレス着せるのに何でそんな悲鳴が聞こえてこなくちゃならねぇんだ。外を誰か知らねぇ奴が通ったら、百パーセント勘違いされるぜ?」

 

 

「イーヴィルさああん!」

 

 

 

金髪の少女は助けを求めるように灰色髪の男に飛びついた。

麻桐は部下の姿に苦笑する。

 

 

 

「致し方ないでしょう。このコルセットの紐が、他より丈夫だったものですから、なかなか締まってくれなかったんです。でも、もう終わりましたよ。あとは上を着るだけですね」

 

 

 

もっとも、と彼は笑顔で続ける。

 

 

 

「あんな甘い声で鳴かれ続けたら、僕とはいえ……貴方のご想像通りのことをしていたかもしれませんねぇ♡」

 

 

 

おまえな、とイーヴィルは顔を引き攣らせた。

廊下で待っていた彼が一体どんなことを心配していたかは知らないが、その表情を見るに、あまり良いことではなさそうだった。

 

そんな中、ラビエールはぎこちない動きしかできずに、イーヴィルの腕を両手で掴んで訴える。

 

 

 

「そもそもどーして私はドレスを着せられようとしてるんですかあ!? 如何して何でWhy!? こんなにコルセットで締められたら、口から内臓が出ちゃいますよッ! というかコルセットって何なんですか! おかしいですよね!?」

 

 

 

彼女の勢いに、イーヴィルは両手を挙げてしれっと応じる。

 

 

 

「落ち着けよ。てめぇがコルセット嫌いなのはよくわかったから」

 

 

「如何して助けてくれないんですかあぁぁ……!」

 

 

 

必死に言い募る少女の後ろに目を遣り、彼はじわりと一歩退いた。

 

 

 

「俺、まだ死にたくねぇし…」

 

 

 

少女の後ろで、麻桐がにこにこと満面の笑みを浮かべ、シックな紅いドレスを構えていた。

 

 

 

「さ、ラビ。手間かけさせないでくださいねぇ♡」

 

 

 

振り向いたラビエールの顔からさーっと血の気が引いていく。

 

 

 

「いっ、いっ、イーヴィルさん。気の所為でしょうか、麻桐さんが生き生きしてるのは」

 

 

「……じゃあな」

 

 

 

音速でイーヴィルはきびすを返して部屋を出ようとする。

これから起こる悲劇から唯一助かる方法はそう、逃げること、であった。

 

彼の背後で「イーヴィルさんの裏切り者ぉーッ!」という少女の絶叫と麻桐の高笑いが響いたとか、いないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「説明がまだでしたね」

 

 

 

車のエンジンをかけながら、麻桐は後部座席をバックミラー越しに見てにっこりした。

 

後部座席には腕を組む灰色髪の男と、紅いドレスを着せられてぐったりとした金髪の少女がいる。

 

ラビエールは死人のような目で運転席の彼を見た。

 

 

 

「説明って、この格好のことですかあ……?」

 

 

「ええ、そうですよラビ」

 

 

 

エンジン音と共に、黒い車が発進する。

 

 

 

「とある知り合いから、パーティーへのお誘いをいただきましてね。留守中、貴女を会社に置いておくのは気が引けまして。それに貴女が傍にいると物事が好転することが多いので、ついて来てもらった次第です」

 

 

 

麻桐の説明を聞きながら、少女は自分を見下ろしてカアァと赤面した。

 

 

 

「でも、何もドレスなんてそんな高価なものを着せなくても……私、車内で待ってますのに、麻桐さん…」

 

 

 

彼女にしては露出が高い方なのか、ラビエールは落ち着かなげに開いた胸元を手で押さえる。

 

麻桐はハンドルを握ったまま笑った。

 

 

 

「似合ってますよ。……ねぇ、イーヴィル?」

 

 

「其処で俺に振るのかよ麻桐」

 

 

 

イーヴィルはちらとバックミラーに映る麻桐の赤縁眼鏡を見て言った。

彼もまた上司の意図がわからないのか、訝しげな顔をしていた。

 

とある知り合いというのは彼らの同業者であるし、そのパーティーとやらも警察のお咎めも無しに開けるか疑わしい代物である。

そんな場所、全力で避けこそすれ、敢えてこの少女を連れて行くなど、本来なら有り得ないはずだ。

 

何考えてんだよ、と眼力を向ければ、彼の上司はあっさりと視線を逸らしてはぐらかすように言った。

 

 

 

「おや、紅はお嫌いで??」