「……。……イーヴィル」

 

 

 

麻桐の笑顔が黒い。

 

 

 

「な、何だよ麻桐」

 

 

 

本能レベルの嫌な予感に顔を引き攣らせれば、麻桐は俺の腕の中にいる金髪の子供を凝視し、続いて俺を見た。

 

 

 

「一体いつ、隠し子など作ったのですか貴方は」

 

 

「バッ…何勘違いしてやがる!? こいつはラビエールで」

 

 

 

あまりに突飛な内容にしどろもどろで反論すれば、麻桐の眉がぴくりと跳ねた。

 

 

 

「よもやラビが相手とは。確かにこの天使のような面影は、彼女のそれですが……段階を踏んで交際することを考えないのですか。無理矢理こんな過ちを犯すとは」

 

 

ちっげええええええええええ!!!

 

 

 

ほぼ絶叫とも取れる大声に、腕の中でうとうとしていたラビエールが身じろぎした。

ぽやーっと目を泳がせたラビは、緑髪の男を発見し、求めるように両手を広げる。

 

 

 

「あう、あさぎりしゃん! たいへんれす、わたち、ちっちゃくなちゃ…」

 

 

 

ラビが起きたのを良いことに、俺は小さなそいつを麻桐の目の前に持っていった。

 

 

 

「よく見ろ! こいつはラビエールだッ! 確かに少々縮んじまってるが……俺は無実だ」

 

 

 

冷や汗を流しながら上司に訴えると、ようやく事態を把握し始めたらしい麻桐が、まじまじと小さなラビを見つめていた。

 

 

 

「この子がラビエール…?」

 

 

 

麻桐の呟きに、ラビはこくこく頷いて言った。

 

 

 

「はいぃ! わたち、らびえーるれす! しんじてくだしゃいっ、ほんとなのれすようっ!」

 

 

 

麻桐が真顔で沈黙したので、俺とラビは首を傾げた。

 

此処まで真剣な顔をする麻桐は、久し振りに見た。

ひょっとして、何か不味いことにでも気がついたのでは…と、金髪の女児を見つめる。

 

まさかこいつ、不治の病とかじゃねえよな…?

 

 

 

「……可愛い…」

 

 

 

不意にぼそりと呟く声がしたので顔を上げると、麻桐は顎に手をそえてぶつぶつと独りごちていた。

 

 

 

「ふむ、成程……普段の彼女を十年ほど逆算すれば、これに一致しますね……となれば、見合う服のサイズは…」

 

 

「おい、……麻桐」

 

 

「少し黙っててくれませんかイーヴィル。今、服や身の回りのものの発注を如何するか、考えていますので」

 

 

「今何か可愛いとか言わなかったか!? さっきの沈黙は、こいつに見惚れてたからなのか!? そうなのか!?」

 

 

 

思わず全力で突っ込むが、麻桐はあっさりと俺の言葉を黙殺した。

そういえばやけに腕が軽いなと思ったら、いつの間にやら幼い少女が、何故か麻桐の膝の上にいる。

 

麻桐は、にっこりとラビを見下ろして言った。

 

 

 

「まあ、兎にも角にも僕らが身の回りのものを如何にかしなければですねぇ。不便でしょうが、頼ってください。僕で良ければ、幾らでも貴女の手助けを致しますので♡」

 

 

 

いつの間に俺の腕からラビを奪い取ったんだコイツ。

 

肩を戦慄かせて見る先で、幼児退行したのか親指をしゃぶってきょとんとするラビが、目を細めてぱあっと笑った。

 

 

 

「あいがとれす、あさぎりしゃん! あさぎりしゃんすきーっ!」

 

 

「はい、僕も好きですよラビエール」

 

 

「何、平然と返してんだテメェッ!」

 

 

 

このままでは小さなこいつが餌食になると見て、慌ててラビを麻桐から引き離した。

 

油断も隙もあったもんじゃない。

 

麻桐は、首を傾げてにーっこりした。

 

 

 

「何ですイーヴィル。折角、彼女とお話ししていたのに。邪魔するのは無粋ですよぉ??」

 

 

 

ラビを抱え上げたまま、俺は顔を引き攣らせて言う。

 

 

 

「そもそも、テメェはこいつの服発注すんだろ! 早く電話したらどうだ!」

 

 

 

その言葉に溜め息をひとつつき、上司は受話器を取った。

とりあえず、事無きを得る。

 

心休まらないままソファに沈み込むと、金髪の女児が不安そうに膝上から俺を見上げてきた。

 

 

 

「イヴィしゃん……」

 

 

「ん、如何した?」

 

 

 

図らずとも優しくなる語尾に、小さなラビは安心したのか口を開いた。

 

 

 

「わたち、おもたきゅないれすか? ずっと、だっこされてりゅので…」

 

 

 

相手の言葉に、はたと気づく。

そういやよくよく考えてみれば、縮んだとはいえ、彼女は元々十七歳の少女なのだった。

 

しかし、どうも手離すのは不安で、目の前の小動物を窺いながら言った。

 

 

 

「否、むしろ俺としては軽いんだが……こうされるのは嫌か?」

 

 

 

聞くと、ラビエールはいつも通りふにゃりと笑った。

 

 

 

「いいえぇ! わたち、イヴィしゃんにだかれりゅの、すきれすよう?」

 

 

「っ……!?!?」

 

 

 

聞き方によっては、とんでもねえこと口にしやがったぞコイツ。

 

俺の表情など露知らず、ラビは親指をしゃぶりながら悩ましげに言った。

 

 

 

「うー…ちちゃくなちゃかられすかねぇ。ひとりになると、なんだかこあいのれす。ひとこいしーといいましゅか……うー…ひとにふれてりゅほうが、わたち、うれしぃれす」

 

 

 

俺は熱い顔を背けて、如何にか堪えながら言った。

 

 

 

「成程、な」

 

 

 

見た目同様、心理的にもラビは幼児退行しているらしい。

子供がやたらスキンシップを好むのは、当然のことである。

記憶に問題がないことを考慮すれば、一番身近である俺達に安心を求めるのは、酷く道理に叶っていた。

 

しかし……。

 

ふくふくとしたラビを見下ろして、うずうずとする。

 

ああくそ、如何にかなっちまいそうだ。

つうか、何で子供なんだよ!

何で膝上に乗るサイズまで縮んでんだよ!

 

くそ!

 

こちらの心境など露知らず、相手は俺の顔を上目で見上げ(あれだ、身長的にも仕方のないことだ、きっと)、伺うように聞いてきた。

 

 

 

「あのう…だから、その……イヴィしゃんのそばにいちぇもいいれすか…? いいこにしましゅのれ……」

 

 

 

だあッ、限界だ!

もう我慢できねぇ!

 

本能が勝って、思いきり小さなラビを抱き締めた。

相手が「わあっ!?」などと驚いた声を漏らすが知ったこっちゃない。

 

壊さないようにすっぽりと腕を回した小さな身体は柔くて、その首元に顔を埋めると甘い匂いがした。

そういやこいつ、よく甘いもの摂取してるもんな、なんてぼんやり考えながら、ぬいぐるみよろしく相手を抱き締めた。

思いきり相手の存在を確かめて満足する。

 

甘い匂いを吸い込みながら、俺はそのままの状態で囁いた。

 

 

 

「てめぇがそうしたいなら、好きにしろ。断る理由も、ねえしな…」

 

 

 

よしよし、なんて相手の背をあやすように撫でていると、俺の肩に顎を乗せてアワアワしていた子供は、みるみるうちに体温を上げて呟いた。

 

 

 

「な、なんだかわたち……こどもあつかいされてりゅきがしましゅ…」

 

 

 

 

 

 

ちいさなしょじょと

    マフィアのおとこ

 

(で、僕が電話してる間に、何をしているんです?)

(背後で不穏な空気を感じ取り、彼女を離したのは言うまでもない)