しんしんと雪が降るA.M.5:50。

何故か起こしに来るはずのあいつが来ない。

 

 

 

「……?」

 

 

 

既に教育されてしまった俺は、定時にベッドからもそもそと身を起こし首を傾げた。

 

麻桐の新手の嫌がらせだろうか。

それとも唯単に彼女、ラビエール・ホワイトが珍しく寝坊しただけなのだろうか。

 

どちらにせよ、奇妙な一日の始まりである。

 

納得できない気持ちで身支度を整え出社すると、社長室の麻桐が俺を見るなり意外そうな顔をした。

 

 

 

「おや、珍しいですねイーヴィル。貴方独りで出社とは」

 

 

 

これで麻桐の嫌がらせ説は消えた。

 

俺は書類を受け取りながら、肩を竦めた。

 

 

 

「ラビの奴なら、今朝は起こしに来なかったぞ。まだ寝てんじゃねえの??」

 

 

 

麻桐はペンを口元に当てて、微笑みながら言った。

 

 

 

「彼女が寝坊だなんて……きっと今日は槍でも降りますね」

 

 

「あるいは爆弾か」

 

 

 

互いに顔を見合わせ、俺達はそんな軽口を叩き合う。

あの生真面目な少女が朝寝坊だなんて、本当に珍しいことだった。

 

書類を片付け始め、A.M.9:00。

 

俺が遂に顔を上げると麻桐も俺と全く同じ気持ちだったのか、首を傾げてにーっこりしていた。

 

 

 

「麻桐」

 

 

 

声を掛ければ、上司は応じる。

 

 

 

「これはどうもおかしいですねぇ、イーヴィル」

 

 

「……そういや昨日、菓子食った後、具合悪そうだったよな」

 

 

「寝込んでいるのでは?」

 

 

 

名を出さずとも、会話はするすると進んでいく。

 

ソファから立ち上がって言った。

 

 

 

「あいつ、見てくる」

 

 

 

あいつとは即ち、俺達にとって既知の、あの金髪の少女のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノックをしようと手を持ち上げたところで、俺はその場で固まった。

何やら扉の中から声がする。

 

ラビの奴、起きているのか? そう思ってよくよく耳を澄ませてみると、何とすすり泣く声である。

 

途切れ途切れのか細い声に、どきりとした。

 

 

 

「っ如何したラビ!?」

 

 

 

ノックも忘れ、踏み込んだ部屋はカーテンがかかって薄暗かった。

目を走らせるとベッドの上に小さな毛布の塊がいて、其処から吃逆が聞こえてきた。

 

その光景に眉を顰める。

 

幾らラビエールが小柄な少女とは言え、その塊は明らかに小さ過ぎる気がする。

あんな大きさで十七歳の少女が収まるのだろうか。

 

 

 

「ラビエール……?」

 

 

 

恐る恐る毛布の端を摘まんで中を検めた俺は、そのまま言葉を失った。

柄にもなく頭が真っ白になって、思考が追いついてこない。

 

毛布にくるまって泣きじゃくっていたのは四、五歳の幼い女児だった。

子供はびくんと怯えたように顔を上げ、その零れそうに大きな薄青い瞳で俺の姿を捉えた途端、安堵したようにいよいよ大声で泣き出した。

 

 

 

「いっ、イヴィしゃ…ふああああああんッ!!!」

 

 

 

泣きながら勢い良く俺の首に抱きつくそいつの顔に面影を見て取って、呆然としたまま確認を取る。

 

 

 

「お、おまえ……ラビ…だよな??」

 

 

「そうれしゅよう…わたち、らびれしゅようう! しんじてくだしゃ……っ、ふええええ」

 

 

 

子供は俺の首に小さな顔を埋めたまま、必死にそう訴えてきた。

 

思わず幼い子供にするようにその背をぽんぽんと撫で、大慌てで相手を宥めにかかる。

 

 

 

「し、信じてる! てめぇがラビエールなことはよくわかった! だから少し落ち着け。もう大丈夫だから…」

 

 

 

一体何が大丈夫なのかよくわからないが、俺も宥めるのに必死である。

 

俺の言葉に安心したのか、小さなラビらしき子供はようやく膝の上で泣き止んだ。

おずおずと少し身を離してこちらを窺い見るそいつは、如何見てもラビが縮んだとしか思えない風貌だった。

 

俺はどぎまぎと目を動かす。

ふくふくとした顔に大きな瞳。

相手は動物の子供同様に、母性をくすぐるようなか弱さを兼ね備えていた。

 

恐らく縮んだ拍子に脱げたのであろう寝間着がベッド上に散らばっているのを一瞥し、毛布にくるまった相手に尋ねた。

 

 

 

「何でまた、こんなことになってんだ」

 

 

 

小さなラビは膝上にちょこんと乗ったまま、毛布を引き寄せて眉尻を下げた。

 

 

 

「わたちもよく、わからにゃいれす……あさ、おきちゃらこんなすがたに…うう、うううう」

 

 

 

堪えるように唇を噛み締めて目いっぱいに涙を溜めるその姿は、大変不謹慎ながら、可愛くて仕方がない。

 

うずうずする危険な心を如何にか押し遣って、小さく溜め息をついた。

 

 

 

「兎にも角にも、洋服を如何にかして、麻桐に相談だな。このままじゃ埒が明かねぇ」

 

 

 

子を抱いたまま立ち上がると、そいつは怖がるように俺の胸にしがみついた。

 

 

 

「やっ……イヴィしゃん、たかいお…」

 

 

「っ…悪い」

 

 

 

如何やら縮んだことで目線も変わり、俺の身長が怖いらしかった。

脱げないよう毛布ごと抱え直してゆっくりゆっくり歩き出すと、ラビはぎゅっと目を瞑って俺の首に顔を埋めてしまった。

さながら子猫である。

 

俺は力なく目を泳がせた。

 

 

 

(何故だろう……守ってやりたくなるのは、動物的本能なんだろうか?)

 

 

 

徐々に体温が上昇するのを感じながら足で慎重に扉を開け、俺は社長室を目指してゆっくりゆっくり歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

縮みました2

 

(イヴィしゃんの手、おっきぃ!)

(そりゃ、てめぇが縮んだからだ)

(うー、イヴィしゃんあったかれす)

((くあ……! 何だこの可愛い生き物!))