「麻桐ィッ!」

 

 

 

扉が勢い良く蹴り開けられ、幼い少年が室内に駆け込んできた。

そのままの勢いでデスクに飛びついた拍子に、灰色の短い髪が艶やかに揺れる。

その紅い左目は怒気と困惑を孕んで爛々と光っていた。

 

 

 

「これは一体如何いうことだ!?」

 

 

 

そう喚いて、少年は自身の顔を指差した。

これ、とは即ち少年自身のことを指すらしい。

 

一方、デスクの男は表情も変えず、にこにこと穏やかに応じた。

 

 

 

「おや、イーヴィル。朝から元気いっぱいですねぇ。まるで低年層のお子ちゃまみたいです」

 

 

 

「ざけんな、てめぇの目は節穴かッ!? 『みたい』じゃねえんだよ、まじでガキまで逆戻りしてんだよ、俺に一体何しやがった!?!?」

 

 

 

少年はばーんッとデスクを両手で叩いて、そう問いただした。

とても四、五歳の少年がするそれではない。

 

というのも当たり前で、彼イーヴィル・B・レインは本来は二十二歳である。

少なくとも昨日までは百八十五センチという長身に黒スーツを纏い、煙草を吹かしている普通の男だった。

それが今や、何処から如何見ても間違いも気違いもなく全くの幼児だ。

大人用のワイシャツが大き過ぎて、裾を引きずってしまっている。

 

麻桐と呼ばれた緑髪の男は、今気づいたと言わんばかりに目を丸くして手を打った。

 

 

 

「嗚呼、道理で身長が低いうえに声がきんと響いて、ちょこまか動くわけです。いやはや、あまりにもいつも通りの態度でしたから、全然気づきませんでしたよ」

 

 

「其処は気づけよ! 一目見てわかんだろーがよッ!」

 

 

「貴方も可愛い子供時代なんてあったんですねぇ。子猫(キティ)みたいです♡」

 

 

「喧しいっ! 早く元に戻せ!」

 

 

 

怒るイーヴィルをしげしげと眺め、麻桐は顎に手を添えて思案顔をした。

 

 

 

「戻せも何も、僕にはこの状況がサッパリわかりませんので」

 

 

 

イーヴィルの口元がひくりと引き攣った。

 

 

 

「白を切るつもりか、てめぇ……」

 

 

 

麻桐はやれやれと首を振った。

その表情には呆れが窺える。

 

 

 

「そもそも魔法じゃあるまいし、若返り現象なんて一介の軍人やマフィアが起こせるわけないでしょうが。そんなことできたら、とっくに軍人稼業から足を洗って、ノーベル賞頂いて、特許取って新薬を売り捌いて世界金融を掌握して、左団扇になって悠々自適な生活を送ってますよ」

 

 

「すげー壮大な癖に明確な目標設定で、すげー腹が立つ」

 

 

「そんなこともわからないだなんて、脳味噌まで縮んで逆戻りしちゃったんですか、お坊ちゃん??」

 

 

「煩ェ」

 

 

 

にやにやする上司をひと睨みし、イーヴィルは脱力した。

無駄な体力を使ったらしい。

 

絶望的な目で小さな両の手の平を見つめ、彼は呟いた。

 

 

 

「まさか俺、ずっとこのままなのか……?」

 

 

 

あまりに悲壮感を漂わせた顔に、麻桐は朗らかに笑い出した。

 

 

 

「貴方の血液サンプルでも取って、検査すれば何かわかるでしょう。世の中には、不思議な現象があるものですねぇ。僕としても少し興味があります。良いじゃないですか、しばらくその可愛らしい格好でいれば。僕としてもからかい甲斐があるというものです」

 

 

 

イーヴィルは肩を落としたまま、げんなりとするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

縮みました1

 

(他人事だと思いやがって……)

(他人事ですしィ??)